73:砂漠の雲

 私立山荷葉女学院、中等部棟──その生徒会室にて。見晴らしの良い窓に背を向けて校内誌の製本作業をしていると、副会長が「そういえば聞いた?」と声を上げた。どうやら作業の終わりがけにして集中が切れたらしい。

「ほら、あと少しだから頑張って」
「手は動かしてますー。それより正門前にね、不良が何人か居るんだって」

 副会長から飛び出したその言葉に舌を打ちそうになって、すんでのところでその舌に歯を立てた。不味い、生徒会室の隣は職員室なのだ。
 壁自体は私立クオリティの厚みがあるとはいえ、品もなく舌を打った音が比較的薄い扉の向こうに聞こえてしまえば一巻の終わりに違いなかった。完全に基準のおかしい生徒指導室行きだ。

 その後も宣言通りに手を止めず。気持ち抑えられた声量で喋り続けている副会長曰く、彼女の友達がその不良達に声を掛けたらしい。
 曰く、彼らは誰かを探しているそうだ。副会長宛に『ヴ×ルデモートに心当たりがある会長は行ってあげて』と送られてきたそれはないだろうと頭を抱えたくなるメールによれば、名前や特徴を聞いても教えてくれないと。

 誰かがうっかり『灰谷』あるいは『左衛門』と言いそうになれば、金髪の可愛い子が「流石に殺されます!!」と全力で止めているそうで。故に、職員室から丸見えの正門で不良に声をかける度胸がある副会長の友達・・は、彼等の探し人が私だと当たりを付けた。間違いなく巴琉兵梦に籍を置くレディースとして、男の不良に対してそこまでの印象を植え付けられるのは私しか思い浮かばなかったから、と。
 ──恥も外聞も生徒指導室行きもお構いなしで泣き喚きたくなってきたな。特待生待遇の学費免除が消える要因はこれ以上作りたくないし、実行する気はさらさらないが。

 まずもって、私の苗字は未だ天竺幹部しか知らないはずだ。天竺の面々は兄以外に学校のことは知らないはずでも、兄がゲロる可能性がないとも言い切れない。
 ただ、彼等が山荷葉のことを知ったとて、門の前で待つくらいならば容赦なく校舎に乗り込んでくるだろう。そもそも天竺に『金髪の可愛い子』など存在しない。百歩譲っても坊主の可愛い子だった。無論、鶴蝶である。

 門の前で大人しく私を待っていそうな不良として、パッと思い浮かぶのは前科もある半間であるが、アイツは基本的にそうそう群れるタイプではなく。曰く『金髪の可愛い子』が稀咲であれば話は別だったが──まァ、ないだろう。稀咲は女子高生に初対面で可愛いと言われるようなタイプではない。
 だいたい、稀咲は半間に対して敬語なんて使わないし。そもそもその不良が半間であるのならば──やたら半間に噛み付いていた記憶もある副会長が、こんなところで大人しく作業をしているはずもない。多分、伝書鳩になる前に、製本作業を放り投げてでも単騎で喧嘩を吹っ掛けに行く。副会長はそういう子だ。

「終わった!」
「……本当に手は動かしてたね。あとは任せて良い?」
「良いよー! 早く行ってあげな、堕天使様♡」
「冗談、先生達が見てるのに行けるわけないって。ちょっとお花摘みに行ってくる」

 下腹部──ではなく、こめかみを押さえて「そろそろ限界」なんて苦笑いをすれば、だいたいを察したらしい副会長には「それがいいよ」と爆笑されながらも生徒会室を追い出された。流石の我が校でも普段使いはしない上品な言葉がツボにハマったみたいだ。あの子はそういうところがある。

 そうして副会長に追い出された先、宣言通りに直行したトイレの個室で携帯を開く。送信元は適当な捨てアドで構わない。
 一応、途中の廊下からその姿を確認し、一方的に知っているアドレスに宛て、適当にそれっぽい件名と記名と用件を送り付ける。そうすれば──わざわざ監視の目が消えるトイレに来た目的は達成された。別に、本当に花を摘みたかったわけではないのだ。

 メールを終えて向かった昇降口で靴を取り、部活に勤しむ運動部の声が聞こえてくる体育館への渡り廊下を経由して、彼等の居ない裏門から帰宅する。彼等と一緒にいるところが教師に見つかった場合のことを考えれば、こんな回りくどい方法を取ったことだって当然だった。
 少し前の副会長が良い例だろう。あの子は相手が半間と見るやいなや即行で喧嘩を売りに行き、当然の如く生徒指導室へと連行されていた。見え透いた地雷を踏み抜いて、私まで副会長の二の舞になることは勘弁願いたい。

 それに、生憎と今日はそれ用・・・の服を持っていないのだ。急いで帰って、こんなところまで顔を出したタケミチ君に文句を言いに行かなければ。


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