74:怒りの発露は打算を以て

 左衛門三郎は怫然とした。必ず、かの磨穿鉄硯なタイムリーパーを詰めねばならぬと決意した。
 左衛門三郎にお人好しな善人の心は分からぬ。左衛門三郎は気合いの入ったメンヘラである。幾度目かの生を得、利己的極まりない理由で友を生かし、自分のためだけに生きてきた。

 一度は目的となってしまった手段も、成された後で必要以上に介入するつもりはなかった。これ以上自分が関わって、間違っても、自分のせいで幼馴染を危険に晒してしまわないようにと自制していたのだ。
 どちらもそれなりに人生を楽しんでいるのならばそれでいい。そこに互いの存在は必要ない。──本当に、そう思っていたのだ。

 だからずっと、連絡先すらも交換していなかった。だから──抗争が終わってからは、たまに雑魚メンタルがヘラりながらも、ずっと距離を置き続けていたのに。──いや、改めて言語化すると自分の情けなさが尋常ではないな。雑魚がよ。

 あまりの情けなさに、噴き上がっていたはずの怒りも何処かへと飛んでしまった。気を持ち直すように静かに溜め息を吐いて、タケミチ君からの返信にあった部屋の戸をノックする。誰が居るのかは分かっているが、自分で場所を指定した以上、仮にも信用ありきの情報屋としてボイコットするわけにもいかない。

 ノックに反応した輩を止めるためか「待って場地君!!!」なんて声も聞こえてきて──もう一度、呆れを隠さずに息を吐いた。
 なるほどなるほど、私の苗字を滑らせかけたのは圭介だったか。そりゃあ圭介であれば知っていても──いや、まさかそんなはずはないだろうが。まさか思い出したとでも? だとしたら何をきっかけに? なんて。

 答えが出るはずもない思考に沈みかけはしたものの。そもそもの話、タケミチ君の制止程度で止まる奴ならバカではない。ともすれば、扉が開いた瞬間に取るべき行動は一つだ。

「オマエ──」
「寝とけ馬鹿野郎!!!」
「ぐ……!!」

 油断しきっていたらしい幼馴染の鳩尾に、渾身の膝蹴りをお見舞する。こちらに倒れ込んで「ンのバカ……」と唸った顎に、今度は拳をブチかました。咄嗟に出た言葉がそこそこに恥ずかしいものだったために、今回ばかりは無言のままで。毒液の幻覚ってことで忘れてくれないかな。無理かな。無理だろうな。
 そこまでして、圭介はようやく意識を飛ばしてくれたらしい。「テメェマジで覚えてろ」なんて三下みたいな捨て台詞を吐いてはいたが、まァ、なんだ。この程度で死ぬ男ではないし、大丈夫だろう。

 それはそれ、二発程度で圭介を落とせる様になった辺りは、素直に自分の成長を実感する。天竺幹部陣とのタイマン経験が生きたみたいで何よりか。ありがとう鶴蝶とモッチー。と、たまにものすごく嫌そうな顔で渋々付き合ってくれる獅音君。君らの尊い犠牲のお陰で今の私があります。今度飯のリクエストでも聞いてみるか、なんて。

 頭の隅では、そんなどうでもいいことを考えつつ。完全に力の抜けた圭介の重さに眉根を寄せ、誰かに回収してもらおうと室内を覗く。
 そこに居たのは目を見開いている金髪、真っ青な顔で頭を抱えているタケミチ君、ソファに転がって爆笑している一虎だった。
 ──やっぱ多すぎるだろ。しかも何だこのカオスは。

「一虎ァ、笑ってないで早くこのバカ引き取ってください。シンプルに重ーい」
「ぶは!! りょーかい」

 「だからやめときゃ良かったのに」と笑いながらも、呼んだ通りに圭介を回収しに来てくれた一虎の後を着いて、混沌極まりない個室に足を踏み入れる。
 今にも殴りかかって来そうな金髪は、いつだったかに圭介の踏み絵とされた松野──松野千冬だろう。十月の抗争では東卍の旗を押し付けた記憶もある。

「タケミチ君、と……そっちはワンちゃん? 抗争以来ですかね。お元気そうでなによりです」
「あ゙ァ!?」
「千冬ステイ!!!」
「止めるなタケミっち!! 場地さんの仇を打たなきゃ気が済まねえ!!!」
「そんなに場地君と同じ目に遭いたいの!?!?」
「んふ、そうそう。場地を落とした・・・・堕天使の威力は幻覚じゃねえぞー」
「………………っす」
「……ちょっと、適当なボケを引き摺らないでもらえます?」

 大して捻ってもいないただの冗談をやけに擦られている事実に、自業自得で痛むこめかみを抑えて。一虎と「小説とか読むタイプでしたっけ?」「いや? タケミチが解説してくれた。ヨメから聞いたんだって」「ああ……確か好きだって言ってましたね……」みたいなことをダラダラと喋りつつ──いつでも殴り掛かれる様に中腰だった姿勢から、タケミチ君と一虎に止められ、大人しく座り直した松野を見下ろした。

 タケミチ君にすらナチュラルに犬扱いをされていることに気付いていなさそうなその様子に、薄い緑に色付いたレンズの奥で目を細める。別に彼自身には個人的な恨みも嫌悪もないが、学校前に来た不良の一人である時点で、苦言のひとつくらい言っておくべきで。そこに少しの嫌味を追加したとて、扱い辛い情報屋・・・・・・・の言動としては何ら不自然ではないはずだ。
 ──半間は別だ。今更半間にキャラ付けで怒って見せる必要はないし、そもそもが言っても聞かないのだから。ハナから諦めている。今更あの自由人の手綱を握れるとも思わない。

 微塵も笑っていない顔のまま、恭しく腰を折って。そのまま「大変失礼しました。君の大事な場地さん・・・・に」なんて言った私の煽りに、再び立ち上がり掛けたその様子は、正しく忠犬チフ公と言えよう。いや面白いなコイツ。揶揄いがいがありすぎる。
 それも口に出そうとして──流石に可哀想かと思い直した。誰がってそりゃあ、ベショベショに泣きそうな顔でチラチラこちらを見つつ、必死に松野を抑えているタケミチ君が。
 あとは普通に、そろそろ自分の情けなさに耐えられなくなってきたこともある。ポーズとしての煽りを抜いたとて、ヘタレな私とは違う彼は素直に尊敬に値する。もっと率直な言い方をするならば、純粋に羨ましい。未だに圭介と顔すら合わせられず、隣で守る気概すらない私とは雲泥の差だ。

 事実、こんなこともあろうかと被ってきたキャップを外し、一虎の横で伸びている圭介の顔に乗せるくらいには顔が見られなかった。理由としては前にもタケミチ君に言った通り、元気な圭介の顔を見た時点で、普通に泣く自信があるから。
 我ながらヘタレを極めすぎている。これはどう考えたって自分への失望であって、断じて松野への恨みではなかった。

 ──と、まァ、私がヘタレなのは今更なのでどうでもいいのだ。そんなことよりも一応の確認だけはしておくべきだろう。
 タケミチ君が学校まで押し掛けたのは、未来を知らないタイムリーパーである、私の協力を必要としたのか。それとも、今を生きる便利な情報屋としての私を必要としたのか。──いやまァ、意地でも一人で来なかった時点でなんとなく分かってはいるが。

「タケミチ君はに何の用です? 必要であれば場所を変えますし、話によっては繋ぐことも可能ですが」
「あの、マジですみません」
「本当ですよ、学校まで来るのはやめてください。生徒指導室行きとか死ぬほど怠いんですから。学費免除が消し飛びでもしたらどうしてくれるんですか」
「すみません……でも、どうしてもサブロー君に聞きたいことがあって……!!」

 想像通りの名前と用件に軽く首を回す。思いの外凄い音が鳴ったことには若干ビビったものの、正直どうでもいいので、特に気にしないことにした。どうせ地獄の製本作業で固まってしまっただけなのだから。「生徒指導室……?」と首を傾げた松野の呟きは聞こえなかったことにした。
 ──この様子であれば、一虎はある程度の内情を知っていると見て間違いないか。ニヤニヤしすぎだ。「サブロー、学費免除なんだ? そーいうのってやっぱ成績重視なの?」少なくともウチはそうですが? だから何だ。流石に余程の素行不良の証拠を押さえられれば消し飛ぶこともあるが、一虎一人程度でそんな事態にはさせないから安心しろ。

 一虎と松野をフルシカトしつつ、タケミチ君に「それで?」と続きを促せば、何故か異様にビビり散らかしながらも、九代目黒龍についての情報が欲しいのだと教えてくれた。聞けば、東卍の仲間のために十代目を潰したいのだそう。──ああ、柴家の話か。
 理由はしばらく言い淀んで居たものの。一虎からの「言っても大丈夫だろ。サブロー、そーいうのチーム同士の勢力争いとかマジで興味ねえし」なんて横槍で、渋々ながら教えてくれた。確かにそれはそう。あくまで私自身の個人感情の話であれば、こちらに関わらないところの均衡とかマジで全然興味がない。だって全部トップタマだかプライドだかをへし折ったら勝手に自壊するし。

 閑話休題まァやりませんけど

 そんなこんなで、元々私に聞きに来るか迷っていたところで、芭流覇羅でも情報屋をしていたことを一虎がチクったことが決定打になって。コレは何としてでも会わなければ、と思ったらしい。

 ──濁された学校の情報元は、おそらく未来の直人君だろう。この場に居る彼らに学校を教えた覚えはないし、未来でならいくらでも調べは付く。

 一通りの話を聞いて思わず重い溜め息が溢れた。いや、学校凸の元凶は一虎かよ。何してくれてンだこの野郎。ニヤニヤしてンじゃねえぞとガンを飛ばし、はたと思い直す。
 アレ、しかし。既に違う筋・・・から聞いていた話では、この件に圭介と一虎は関わっていないはずだ。代わりに半間と稀咲が居るはずで。

 「一緒に動いてる二人は居ないンですか? しかも何でこっちの二人が居るンです?」と聞くと、松野の方から「ンなことも分かんのかよ……」なんてぼやきと舌打ちを頂いてしまった。それはそれ、かつては間違いなく稀咲の信頼を勝ち取っていた情報屋を舐めないでもらいたいというのが正直な気持ちだ。
 しかもお宅の総長曰く、ストーカーと似たようなものらしいから。そりゃあ圭介と、ついでに稀咲の周辺は特に調べている。開き直るな? うるさい、こっちはいつバカが余計なことに首を突っ込まないかヒヤヒヤしてンだよ。

「稀咲なら『懐かれてたと思ってた他所の飼い犬に吠えられたショックから抜けてない』から来ないって……半間君が……」
「半間君は『会いたきゃいつでも会える』らしいんで。今回はパスって言ってたッス」
「あー……ね、なるほど。なら稀咲の方にはクソ腹立つ感じでゴメンね♡ って言っておいてください。ショックも飛ぶでしょう」
「ぶはっ!!! マジでお前ら最高だな!!」
「一虎は大人しくしててください。せっかく寝かしつけたバカが起きるでしょう」
「ンフ、はーい」

 一虎が静かになったところで本題に入った。欲しいと言われた情報を適度に流し、途中で「お金を積めばもっと詳しい内部情報・・・・を教えてくれる人も居ますよ」と言っておけば、あとは大丈夫だろう。タケミチ君側には稀咲も居る。放っておいても勝手に上手くやるはずだ。
 当然、タケミチ君に言った『もっと詳しい内部情報を教えてくれる人』とは、十代目黒龍幹部の九井一のことだった。アイツは金を積んだら積んだ分だけ喜んで情報を吐く。個人的にも良い取引相手なのだ。

 ──ふむ、先に話を通しておくくらいはしても良いかもしれないな。

「アレ、今日は対価いらねーの?」
「そうですねえ……では、二度と学校には来ないことを対価とします」
「エ……そんなに嫌なの?」
「そりゃあ、不良と表立って関わってしまえば生徒指導に呼ばれますので。みっちり一時間尋問とお説教ですよ」
「サンカヨーってやっぱそんな感じなんだ?」
「ええ。基準と頭がおかしいンです。……ま、ですので、先に情報を吐いたのは誠意だとしてください。ね、タケミチ君?」
「そそそそそりゃもう!!!!!」

 話は終わったとしてマスクの下を少しだけ浮かし、机に上に置いてあった誰のかも分からないコーラを飲み干した。流石に身内で飲むように用意したモノにヤクだの眠剤だのを入れるバカはこの場に居ないはずだからこそ、それなりに気を張らずに飲めるのだ。
 少なくとも、ここに居る顔ぶれはそういう治安の悪いロシアンルーレットを好まないタイプばかりだ。そもそも思いつきもしないだろう。天竺とかは八代目と九代目の黒龍は悪ノリの延長でやりそう、と半笑いになったところで、明後日の方向に飛びかけた思考を手繰り寄せた。どうでも良すぎる。

 さて。生憎と、こちらはタケミチ君のリベンジの全てに付き合うつもりはない。今回は特に、圭介が死ぬかもしれない程に関わっている様子もないのだから。

 そもそも、天竺の王からの指示もない以上、無闇やたらと他所様のチームを潰すことに協力する必要もなく。それがかつて総長をして、意図して堕としたチームであれば尚更だろう。
 いくら私自身に勢力争いへの興味がないと言っても、それがすなわち、チームトップの顔色を伺わなくていい理由にはならない。──まァ、イザナ君自身も十代目への興味はあんまりなさそうなのだが。

 それはそれとして、自分の所属は話さないにしても、今後東卍側から関わられる可能性は限りなく薄くしておく必要はある。今後もまた校門前で出待ちされることは避けたい。今後もまた、圭介が関わらないタケミチ君のリベンジに付き合うほどに親切な人間でもない。

 少し考えて、思い浮かんだことを話せば良いかという結論に至って。「オレのコーラ!!」と声をあげる松野に向き直った。

「そういえば踏み絵君、林田の親友はお元気ですか?」
「……何でサブロー君がそんなことを気にするんですか」
「はは、愛美愛主は何処から情報を得たと思います?」

 返事が返ってきたのはタケミチ君だったが、まァ、松野の視線はこちらに向いているから大丈夫だろう。「ま、知らないなら大丈夫です。少し気になっただけなので」と片手を降っておく。質問内容に関しては本当に「そういえばどうなんだろう」くらいの興味だけなのだから。

「あ、サブロー。そういえばなんだけどさ」
「何です?」
「場地、さっき何か言ってなかった? や、普通に聞き取れなかったから気になるだけなんだけど」
「何か……? 普通に呼ばれただけですね」
「あー……例のあだ名?」
「だいたいそんなところです」

 そうして。「後は何かあります?」と聞いて、一虎からは「何も」と返ってきた。念の為に二人だけで話ができる場も作っておくか、とタケミチ君に「このあと飯でも行きます? 二人で」と聞いても、全力で首を横に振られて。怖がらせすぎた可能性も否めないが、それはそれ。タケミチ君が内緒話を望まないのであれば、こちらが無理強いする必要もない。
 そうしてそのまま。「オレは?」と首を傾げる一虎と「そのうち」「そのうちっていつ?」「気が向いたら」「一生向かねえヤツじゃん」なんて適当なやり取りをして、部屋を出た。

 扉を閉めた室内からは、何かしらを叫んでいる松野の声が聞こえてくる。──まァ、当然の反応ではなかろうか。
 元より、明確に東卍側に着いていたことはないといっても、芭流覇羅外では明確な敵対もしていなかった。そんな中立を気取っていた私が、林田が少年院に入るきっかけとなった事件の情報を流し、あまつさえ信用ならない稀咲を引き入れる隙を作った一因とあらば。圭介の宝物を壊した駒のひとつであると理解してくれたら。

 あわよくばこれで圭介も見限ってくれるかな、なんて。忠犬が何処まで理解し、何処までご主人に話し、それをご主人がどの程度聞き入れてくれるかはただの賭けであった。


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