75:信じたくない、信じるしかない

「関節キスとか場地さんに殺される……!!!」
「そこなの!?」

 サブロー君がとんでもない爆弾を落として帰って行った後。勝手にコーラを飲まれてからずっと放心状態だった千冬がようやく発した言葉に、思わず全力で突っ込んでしまった。
 どうやら抗争後に場地君から"幼馴染"の話を聞いた千冬は、苦さしか見せなかった場地君の中に、甘酸っぱいものを感じ取っていたらしいのだ。その後でオレと一緒に一虎君から聞いた「ま、アレは多分場地の初恋だろ」なんて言葉も決定打になったに違いない。正直、どちらの話も聞いてるオレだってそう思うけれども──いや、今はその話ではなくて。

 サブロー君が言い放った言葉は、遠回しながら、東卍とサブロー君が明確に敵対していたことを示していた。それもずっと前から。しかも、女の子を襲わせるといった最低な手段を取るための情報であると、おそらくのところはサブロー君自身も理解した上で。

 ──しかし、それをわざわざ言う意味が分からない。

 いや、一応分からないことはないのだけれども。サブロー君は元々、場地君が死んだらまた死に戻ると言ってはばからない人だ。できるだけ場地君を危険から遠ざけるためだとすれば説明は付く。
 この場合の危険とは──多分、サブロー君自身のことで。だからこそ、場地君が大切にしている東卍の創設メンバーを陥れたとして、場地君の方から離れてほしいのだということも、何となく分かる。不器用だなあ、とは思うけれども。

 サブロー君はあれでいて優しい人なのだ。特に場地君が相手であれば、それは尚更だった。場地君以外に取る手段に人の心がなさすぎるけれども。──こう考えれば、いっそ本気で場地君以外には何の興味もなさそうだ。
 それでも、だからって。今この段階で、東卍まで敵に回す必要性はあったのか? と思うのが正直なところだ。サブロー君だって、この場にいる人から話が伝わった東卍側がなんて思うかくらい──ん?

「……もしかして千冬、コーラ飲んだあとのサブロー君の話聞いてなかった?」
「ア? あの人何か言ってたのかよ。また煽りか?」
「まあ……煽りと言えば煽りかも……」
「じゃー聞かなくて正解だな。つーかあの人オレにやたら当たり強くねえ? オレ別に何もしてねえだろ」
「あー……まあ、ウン……」

 ──拝啓、サブロー君。あなたがおそらく場地君を遠ざけるために使おうとしたのであろう千冬は、どうやら全然話を聞いていなかったようです。
 オレが謝るのも変ですが、とにかく本当にごめんなさい。千冬はあなたが思うほど頭が良くなかったみたいです。今回は自他ともに認めるバカを駒に使うべきではなかったということで諦めてください。敬具。

 余程場地君の顔が見られなかったのか、二発の拳で伸した場地君の顔に乗せたキャップもそのままに帰って行った人を思い出して。そんなことを考えてしまった。

「タケミチ〜……オレには聞かねえの?」
「えー……なら聞きますけど、一虎君は聞いてたんですか?」
「聞いてたし元々知ってたけど?」
「ですよね〜……」

 一虎君の言葉をそのまま信じるとするならば、一虎君は『元々知ってた』上でマイキー君や場地君には何も言っていないのだ。つまりは改めてそれを言われたとて、今更何かを言う気がない。

「で? タケミチはチクんの?」
「むしろオレがチクれると思います???」
「ははは! だよなー?」

 やはり、サブロー君が計算違いをしていることは何も変わらなかった。状況を引っ掻き回したいのならサブロー君が自分でやってください。



 ──で。それは、それとして。

「ブチ切れのサブロー君……超怖ぇ……!!」

 頭を抱え、とうとう決壊した目元を膝で抑えつつそう嘆けば、相棒から「ああ……」みたいな同情とも取れる声が飛んできた。相棒だって口にこそしないけれど、思うところは同じなのだろう。正直、相棒の中ではそれどころではないからこその生返事なのだろうけれども。その辺りはもう仕方がないので頑張ってほしい。あとは相棒の頑張り次第だ。

 それで──さっきまでのサブロー君は別に、それほど暴言を吐いていたわけでもない。それほど口調が荒れていたわけでもない。それほど大声を出していたわけでもない。特別機嫌の悪さを全面に出していたわけでもなかった。これならまだ、レンタルビデオ屋の店長の方が余程不機嫌が分かりやすいレベルだった。

 ──なのに、威圧感がとんでもなかった。

 何だアレ。首から明らかに折れた音がしても平然としていたことだってマジでおかしい。人間辞めてる。誰だよこんなおっかない人を本人自体はそんなに怖くないとか言った奴。オレだよ馬鹿野郎。あの人、マジでキレたらあんな感じなの!?

 正直なところ、肩が何事もなく無事だったのがなお怖い。場地君を連れての学校凸というよりにもよってな地雷を踏んだにも関わらず、分かりやすく脅されることもなかった辺りが更に怖い。
 サブロー君って静かにじわじわキレるタイプなんだ……と思った時点で、より怖くなって考えることをやめた。普段から冷静で、理性的で。飛び抜けた穏やかさを持った人──少なくとも、不良に囲まれた中では──を、無闇に怒らせるべきではないという話だ。
 そうして。相変わらず微妙そうな顔をした千冬と二人でしょぼしょぼとしていれば、どこか不思議そうな一虎君の声が聞こえた。

「そう? アイツ、ぶっちゃけそれほどキレてるワケでもなさそうだったけど」

 信じられないものを見る目を一虎君に向ければ、不満気に「何だよその目は」と睨まれる。一周回って分かりやすく不満を前面に出してくれる一虎君をありがたいとすら思った。一虎君みたいなキレ方もそれはそれで嫌だけれども。
 しかし曰く、サブロー君が怠そうに首をゴキゴキ鳴らしているのは割といつものことであるらしい。たまにすごく凝るときがあるんだとか何とか。運動不足なわけがない十代でそれはちょっと心配になるので整体に行ってほしい。

「一虎君……アレ平気なんスか……」
「ウン。つーかそもそも今日のサブロー、多分だけどそこまでキレてねーよ」
「……アレで?」
「アレで」

 一虎君による、よく分からないサブロー君の考察らしきものを聞いて。同じくよく分かっていなさそうな千冬と無言で視線を合わせる。
 つまるところ、『そこまでキレて』いないにも関わらず、キレている様に振舞っていたと? 何でわざわざそんなことを──とは、多分、サブロー君自身がそうした方が状況を有利に持って行けることを知っているからだろう。その辺りの思考回路はまだ理解できる。少なくとも、サブロー君にとってのアレは手っ取り早く事を運ぶための手段なのだろう。された方はたまったものではないし、最悪のハラスメントであることにも間違いないのだけれども。

「ま、流石に学校まで来ンなってのはマジだと思うけどなー」
「やっぱキレてんじゃないっすか」
「だからー、アイツそもそも滅多にキレねえんだって。たまにキレても即行どうでも良さそうな顔になるし」
「オレすげえ煽られますけど?」
「ソレは普通に性格じゃね?」
「余計タチ悪ィじゃねえか!!」

 顔を合わせる度に煽られているらしい千冬が吠えて、流石に同情した。一虎君は愉快そうに「気に入られてんじゃない? サブロー、つまんねえヤツには割とすぐ飽きるし」なんてとんでもないことを言って笑っている。

「それにアイツ、キレたらマジで口聞かねえから」

 少しだけ眉を下げた一虎君は「なー、場地」と言って、視線をきょろりと場地君の方に向けた。その声に反応してか、もぞりと持ち上がった場地君の腕が顔に被せられたままのキャップに触れる。
 キャップを顔に乗せたまま、どこか気まずそうな溜め息が吐き出されて──それから小さく「……うっせ」と掠れた声が聞こえた。どうも場地君、サブロー君が口を聞かなくなるくらいに怒らせたことがあるらしい。

「場地はどう思う?」
「ア? 何が」
「サブロー、キレてた?」

 どこか楽しそうな一虎君の声に、考え込むように「あー……」と声を漏らして。それからようやく、キャップを顔から外して上体を起こした。

「や、知らねえワ。マジで今起きたし。アイツ喋ってたか?」
「ウン。普通に会話してたよ」
「じゃー行ってもちょいキレくらいだろ。ド頭に二発喰らったアレも、あー……多分、もう飽きてたっぽいし」
「……何? 場地ってサブローに飽きられてんの?」

 どうも一虎君、完全に場地君を揶揄うフェーズに入ったらしい。ニヤニヤと笑いながら「おもしろ」と言い放ち、即座に「ハァ? 違ェっつの」と本気のトーンで一蹴されている。──いや、場地君も言い切るんだ、そこ。

「ふーん? 違うんだ?」
「おー……そもそもアイツ、昔っからキレても続かねえんだよ。何だかんだで理由つけてそれっぽくやってるだけっつーか……何つったっけ、アレ」
「どれ?」
「……ユカイハン? だっけ?」
「ははっ、タチ悪ィ〜」

 心做しかぼんやりとした場地君は、一虎君に言葉を返しながらも──鍔を持ったキャップを被り、どこかしっくり来ていなさそうな表情をして一度外して。後ろのベルトを少し広げて被り直し、表情を変えないままにもう一度外す。それから、ベルトを元の位置まで戻してからキャップで顔を隠し、ゆっくりと息を吐いた。

 ──やっぱこの人、本当に。

「──マジですんませんっした場地さん!!!!!!!!!」
「ア? ……ンだよ千冬」
「理由は聞かないでください!! しかもオレ何も悪くないです!!」
「はァ? なら土下座なんかすんじゃねえよ」
「でもこれはマジで土下座案件で!!!!!」

 ギリギリと唇を噛み締めながら場地君に土下座をする千冬を見て、数分ぶりに同情の念を覚えた。サブロー君が出て行った直後の発狂具合いを思い出せば、土下座の理由なんてものは考えなくてもわかる。

「や、マジで何……?」
「場地さあ……今のって無意識?」
「はァ? だから何の話だよ」
「なんでもー」

 そんな中で、場地君がサブロー君の私物であるキャップを使って無意識にしたであろう一連の流れと、途中で隠されたそのあまりに穏やかで愛おしそうな目元を見せられれば──発狂がぶり返すのも、仕方がなかったのだ。



「相棒、ここだけの話でぶっちゃけて良いか」
「お……?」

 あらゆる意味で混沌を極めていた、カラオケでの会合の後。深刻そうでいて、ものすごく悔しそうな表情をした相棒から相談を持ちかけられた。

「オレ、あの二人が漫画のキャラクターだったら絶ッッ対に推してるしもう今すぐ結婚しろ何がなんでも幸せになれ邪魔する奴はオレが全員殺すとすら思うんだけどさ」

 オレと相棒しか居ない場で、座り込んだ膝の上で手を組み、心底憎らし気な声を出す。前提も何もないままに一息で言われたそれは、流石に一度では理解できなかった。

「……ごめん誰の話? ってか何の話?」
「場地さん、と……!!」
「アッ、察した。続けて」
「何ッッで現実ではよりにもよって相手があの人なんだよ……!!!! 推したくねえよマジで!!!! でも流石に見てりゃあ分かるだろアレは!!!! マジで何だあの不器用喧嘩ップル!?!? 推したくねえのに推せる要素しかねえのマジで勘弁してくれ……ウワやべえ!!!! カップルとすら思いたくねえな!?!?」
「……どんまい?」
「本当にな!?!?」

 とうとう頭を抱えてしまった相棒に生暖かい視線を向けつつ、背中を軽く叩いてやった。そうして発狂する相棒を宥めながらも、人の心って複雑で難しいんだなあ……と現実逃避をしたのだった。

「アレでオレらの目がなけりゃ普通に喋りそうなのが余計に頭おかしくなる」
「『普通に喋りそう』ってか、普通にイチャつきそうじゃない? ほら、場地君のあの感じだと特に……」
「それ以上喋んな相棒でも許さねえ」
「ごめんって」


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