77:化かし合い、あるいは馬鹿試合

「左衛門からオレに繋ぐとか珍しいな」
「お友達がね、困っているらしいので」

 数日前に来たばかりの、渋谷駅前のカラオケに向かう道で。そこそこに付き合いの長い情報提供者 兼 顧客の一人に、丸い次兄と揃いのフレームの奥から「わざわざご足労いただきありがとうございます」と笑いかけた。

 元々実家が太いわけでもない。私の様に、賞金・・と株で比較的真っ当に儲けているわけでもない。そんな中で警察や本職の付く自由業な人達に目を付けられない程度には上手く立ち回り、後暗いことを──軍隊を貸し出すこと以外にも──散々にやって利益を得ている。

 そんな、金を作る天才と名高い彼の所属は十代目黒龍、所属内での肩書きは親衛隊長。名を、九井一という。

 猫目を細め「お友達、なァ?」と言った九井に、サングラス越しながらも同じように目を細めて見せる。中々どうして、最近ではする相手も減ってしまった腹の探り合いも絶好調であるらしい。昔は稀咲ともできていたはずなのだが──とは、今は特に関係のないことで。

 私からすれば、それなりの金を積めば喜んで情報を吐く。九井からすれば、対価さえ用意出来れば金以外でも情報を吐く。互いが踏み込むべきでないところの見極めは慎重で。互いの信用に関わるとして情報提供を断れば、似た立場であるが故に事情も理解でき、深追いもしない。
 つまり、互いにとって中々に取り引きをしやすい人で──言ってしまえば、取り引きにおいて比較的扱いやすい相手というわけだ。良きビジネスパートナーとはこういうモノだろう。

「左衛門のダチって言えば……例の死神か? あとは全部眷属だよな」
「おや、誰の友達が少ないって言いました?」
「おっと、ダチ認識のハードルは馬鹿みてえに高ェクセにぼっちは嫌なのか。相変わらずクソめんどくせえ性根してんな」
「今日調子良いですね。言葉で刺してくるのやめてください。泣き喚きますよ」
「随分軟弱に見せるな。今日はそんな気分だったりするのか?」
「そうですね。寒いので同情でも何でも誘いたい気分です」
「はは! ソレはもう気温関係ねえだろ」
「ぶっちゃけると既に帰って寝たいンですよね。黒龍勢だけで行けます?」
「いや、流石に案内くらいはしろよ」

 ──と、まァ。ギリギリ皮肉に近い暴言が一方的に飛ばされても、その雰囲気は気安いままだった。これは一重に、互いが互いの有用性を理解していて、なおかつ互いに、互いを積極的に敵に回したいとは思っていないからに他ならない。
 私は表立って十代目黒龍と対立する必要性がない。九井は立場上、私個人を敵に回す方が損をする。だから私は、煽られていると分かっていても適当に聞き流している。九井だって、聞き流されると分かった上で、なお上手く地雷を避けている。

 そんな、私の方に十代目黒龍と対立する理由ができてしまったら、もしくは十代目黒龍が脅威ではなくなったら──或いは、九井の後ろ盾が機能しなくなれば、すぐにでも崩れてしまうような状態で。それでもなお、ギリギリの均衡を保っているというわけだ。
 私の方は普通にその通りだしな、と思っているだけなのだが──まァ、その話はいい。自分を舐めているワケでもない相手から、特に気にしていない図星を突かれたとて、これといって逆上する理由にはならない、というだけの話なのだから。

 見え透いた地雷舎兄を下げる話題は避け、地雷ではないと理解している範囲では煽り散らかす。何ともまァ、警戒心の高いネコチャンの習性そのものだ。──ちなみに一度コレをそのまま言ったところ、爆発する様な爆笑を頂戴した。どうも地雷ではなかったらしい。

「……ここ?」
「ええ。呼ばれない限り外に居るので、登場は好きに飾ってください」

 ──さて。どうも九井ではない人に目を付けたらしいタケミチ君たち・・が居るという部屋の前で、にこりと目元のみを細め、指を揃えた手で扉を指し示す。「相変わらず胡散臭えな」と笑われてしまったが、まァ、それだってわざとそうしているのだ。今更どうとも思わない。

 ただのビジネスパートナー。それも、限りなく敵に近いビジネスパートナーな私に向けて、九井はよく笑う。それは正しく、警戒心から来る行動だろう。感情の機微に関しては存外分かりやすい男なのだ。わざわざ本人に確認するまでもなく乾第一主義だし。ネコちゃんだし。歳上だけど。

「おい、何か失礼なこと考えてるだろ」
「はァ? 相変わらずネコチャンだなって思ってただけですよ」
「オマエだって絶好調じゃねえか……」
「ほら、早く行かないと餌を取り逃しますよ」
粛清対象ラットのこと餌って言うのやめろ」
「え……ネコってネズミ食べないんですか?」
「分かった分かった。ぼっちとか言って悪かったって」


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