78:猫と鼠とフリーダム

「邪魔するぜ」

 そう言って部屋に入ってきたのは、十代目黒龍の親衛隊長だった。可哀想な程に顔を青ざめさせ、冷や汗をかく黒龍の内通者を悪い顔で眺めて。仮にもチームメイトであるにも関わらず、楽しそうな声色で「拷問けってーい」と吐き捨てた九井一は──部屋の外で待機していたらしい黒龍の部下に、内通者を連れて行かせる。稀咲が潜り込ませていたらしい彼がどうなるかなんて、考えるだけでも恐ろしかった。
 それから、一人部屋に残った九井は一度室内を見渡して。ややあって、扉の奥へと視線を向けた。まだ誰か居るのだろうか。

「おい、どれがダチだ?」

 ──ドレガダチダ?
 言葉の意味を理解する前に「そこの金髪のつもりでしたね」と顔を出した人には、思わず「ええ!?」と大声を出してしまった。

「サブロー君!? 何でここに!?」
「何でも何も……言いませんでしたっけ? 金を積めば喜んで内部情報を吐く奴がいるって。この人です、十代目黒龍親衛隊長の九井一」

 サブロー君は黒龍の親衛隊長に軽く親指を向け「何で稀咲も居て別の奴釣ってンですか」と、呆れた様に息を吐いた。──当然の顔をして黒龍の親衛隊長を紹介してくるところを実際に見ると、顔の広い情報屋の肩書きは飾りではないのだな、と実感させられる。

「はは! オマエそんな紹介の仕方したのかよ!」
「え? 間違ってます?」
「いーや? 全然」
「なら良いじゃないですか。九井には金が入ってくる、黒龍はラット狩りができる、こちらは久々にお友達の手助けができて気分が良い」

 相変わらずの革手袋で指折り数えつつ「これぞ一石三鳥、win-winですね」と笑うサブロー君は、少し前に居る黒龍の親衛隊長の顔を覗き込んだ。それがまあ、何ともいたずらっぽい顔で。普段は割と真顔か綺麗に目を細めているだけなことが多いこともあって、今日はテンション高いのかな、とも思うのだ。機嫌が良いというよりも、テンションが高そうだった。

「結果的にはな。つーか今日すげえ喋るな。あと近ェ。邪魔」
「そうですか? 普段からこんなモノでは?」
「いーや、明らかに口の回りが良い。オマエ、ダチの前だとそんな感じになるンだ?」
「や、普段は流石にここまでではないですよ。我ながらテンション高いなとは思いますけど。……何でですかね?」
「知らねえよ。オレに聞くな」
「それはそうですね。失礼、そういうこともありますよね」
「一人で納得してンじゃねえ」
「それもそうですね」
「オイ金髪、どれでも良いからさっさとコイツ引き取れ」

 それから。ややゲンナリした様子の十代目黒龍の親衛隊長と話していたサブロー君は、一度室内をゆっくりと見渡して。そうしてそのまま、小さく「この部屋金髪率高いですね」と呟いたのだ。
 まあ、確かに。オレ、サブロー君の姿が見えてからずっと睨み付けている千冬、最初から微妙にやる気のない半間、居心地も悪そうに眼鏡を押し上げた稀咲が居るこの場は、言われてみればその通りなのだけれども。黒髪の九井とサブロー君が入ってきたとて、まだ金髪率の方が高いのだけれども。そうではなく。──というかサブロー君、今日本当によく喋るな。

「で、どの金髪だ? 花垣か?」
「ンー……個人的には稀咲のつもりでした」
「死神は?」
「マブです」
「へえ? そこに差を付けるのか」
「ぶっちゃけ今は部外者なんで、交渉はそっちで勝手にやってください」
「オイ、シカトすんな」
「何か久々に半間の顔見ましたね。元気でした?」
「アー……そこそこ?」
「オイ」

 意地悪に笑う九井の言葉は、当然の如くフルシカトされて。サブロー君はそのまま、微妙にやる気のなかった半間と喋り出してしまった。

「ウワッ、疑問形怠いですね」
「ハァ? オマエもさっきやってただろ」
「そうでしたっけ? ちょっと覚えが……」
「だりぃ〜……この鳥頭がよ〜……」
「鏡なら後ろにありますよ」
「誰がニワトリだ万年ノーセットのカラス野郎が」
「失礼な、寝癖くらいは直してます」
「流石に当然すぎンだろ。誇んな」

 ──や、何の話してんの?

「……つーかマジで久々にツラ見たな。何か痩せた?」
「え、そう見えます?」
「おー、着膨れてっから微妙に分かり辛ェけど。飯食ってンの?」
「ええ……どうなんでしょう。普通に普段通り食べてはいるんですけど、そもそも体重計とか乗らない主義なんですよね」
「へー……昼何食ったン?」
「昼……というか、さっき〇ムの樹食べましたね。あのデカいやつ」
「エ〜……美味そ〜……」
「美味しかったですよ。そういう半間は?」
「……ア? そういや食ってねえな」
「おっと。よく耐えられますね」
「耐えっつかフツーに忘れてたっつーか」
「よくそれでそこまでのタッパに……素質?」
「素質じゃね?」
「へえ、羨ましい」
「コレばっかりはなー……つか飯の話したせいで腹減ったワ」

 ──いやマジで何の話してんの!? この二人!!

 それまでのやる気のなさが嘘のようにサクッと立ち上がった半間は「ツラ貸せ。飯」なんてことを言っているし、サブロー君も「良いですね」なんてことを言っている。もうダメだこの自由人二人。さっきまではめちゃくちゃ空気ピリついてなかった? 気のせい? 今意味分かんないくらいランチ会の空気なんだけど?
 というかサブロー君、さっきポ〇の樹食べて来たって言ってなかった? まだ食うの? それともコレがサブロー君の鳥頭? もう少しくらいペースを落として話してほしい。理解が追いつかないから。

 九井は「マジですげえ喋るな……」と若干引いているし、稀咲は「半間が相手だとコレが通常運転だ」とズレてもいない眼鏡を押し上げている。千冬は何故か唖然としている。完全に全員が蚊帳の外だ。
 そうしてカラオケルームが混沌に包まれていれば、サブロー君の方は一応正気に戻ったのか「……え、今からですか?」と目を丸くしたものの。正気に戻るのがもう少し早ければ……! と言う他ない。何せ半間は既に扉を潜り、思い出したかのように「……ア、稀咲も行く? 飯」なんてことを言っているのだ。半間の中では既に、ご飯を食べに行かない選択肢はないらしい。

「稀咲まで消えたら誰が九井懐柔するんですか?」
「オイ、そこの絶好調お喋り。聞こえてンぞ」
「あー……残りが何とかすんだろ」
「ははは、言い方」
「ダメだコイツらの方が聞いてねえ」
「ウーン……なら松野にベットしましょうかね。何とかする係」
「……ハァ!? オレ!?」
「ア、嫌そうなので稀咲に全ベットで」
「聞いてンじゃねえか!!」
 
 少し前には怒涛の勢いで煽られたばかりの稀咲ですら、遠い目をして長い長い溜め息を吐いている。「機会があれば今度行きましょうね、稀咲も」じゃないんだよな。──いや、本当にそのまま行っちゃったよ。マジで自由だなあの人。

「……ってことらしいが、」
「よく切り替えられるな……」
「アー……ま、あの底抜けの気分屋に振り回されるのは癪なんでね」

 爆速で頭を切り替えたらしい九井は、気を取り直した様に「それで? ここの頭は誰だ」と室内を見回した。どうも九井、あのフリーダムさをスルーできるほどにはサブロー君に慣れているらしい。

「……オイ、まさか今出てった奴半間とか言わねえよな」
「流石にソレはねえ。けど、そもそも頭とかねえよ。オレらは対等だ」
「そうか……ンじゃあ花垣」
「え!? オレ!?」
「オマエだオマエ。若の件、どうせオマエが主導だろ」

 千冬の言葉を聞いてそう言った九井一は、机の上に置いてある金に目を向け──そのまま、ニヤリと口角を上げた。

「何、スか……」
「十万」
「は?」
「十万でテメェらの知りてえ事を教えてやる」

 そうして。九井は追加の五万を出した稀咲に目を細め、あっさりとオレらが欲しかった情報を吐いたのだ。


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