7.罰に願うは救いか破滅か

 ──2002年初夏

 自分の現状を知るためとしてメインの片手間に調べた限り、一応のところ、似た感じのタイムリープの噂は存在していた。オカルト掲示板には、であるが。
 その書き込みは『小さな協力者』というコテハンの人間によって、又聞きの体裁で綴られていた。曰く、条件を満たした人間との握手をトリガーとしてタイムリープをする人間が居るらしい。曰く、タイムリープをしたからといって全てが思い通りになるわけではない。曰く──それほど良いモノでもない、と。

 大前提として、インターネット上の与太話を鵜呑みにすべきではないことは理解している。嬉々として夢想に耽る人が集う場での発言であれば尚更だ。
 しかしどうも、同じ掲示板にあった他のネタと比べてもその話は異質に思えたのだ。オカルトによくある独特の世界観があるわけでもなく、ただ単に後悔を吐き出しただけとも読める書き方で。微妙に練られていない様にも読めた設定がよりリアリティを増していた。

 そこまで意図して作話されたものであるならば、掲示板で燻っていないでさっさとSF小説でも出した方がその才能を発揮できそうなモノだ。分かりやすく金にもなるし──とは、書き手が金に困らない類いの人であれば意味もないことだが。

 ついでに言えば、そんな場で語られる夢であるはずのモノを『それほど良いものでもない』と言い切ってしまう辺りも気に掛かった。理由は特に触れられていなかったものの、まァ、コテハンの時点で思うところはありそうだ。
 小さな協力者とはすなわち──書き込みにあった言葉を借りれば──タイムリーパー本人か、トリガーとなる人なのだろう。単に身長が低いのか、年齢の問題か。どちらにせよ、といったところで。

 それらも一応、与太にリアリティを持たせるための演出だと考えればそれなりに腑に落ちるモノでもある。フィクションを面白くするためのスパイスだとすれば、覿面に効果があるとも言える。
 事実、読み物としてはそれなりに面白いモノであったわけであるし。大人が大人を全力で騙しに掛かる与太であれば、そういうこともままあるのだ。

 ただまァ、方法は違うながらも実際にタイムリープをしている私が居て、理由は違っていそうものでも、似た感情にもなっている。であるからには、その全てが完全な与太であるとも切り捨ててしまいたくないわけで。

 最初と前回で明らかに様相が変わっていたことから考えてもそれは同様だった。タイムリープの手段がオカ版の書き込みの通りかはさておいても、マイキーが元気に喧嘩をしていられる未来を作ったタイムリーパーは絶対にどこかに居るはずなのだ。
 しつこく言うが、何せ、私というタイムリーパーが存在しているのだから。他のタイムリーパーが存在していないとは言いきれない。

 加えて、一度完全な与太ではないのでははないかと思ってしまえば思うところもある。毎回死んでタイムリープしている私と、握手で平和的にタイムリープができるオカ版の向こうに居る人は、何が違うのかと。

「さえもーん」
「ッ、なんだ……半間か……」
「おー……何一人で楽しそーなコトやってンの?」

 いつかの様に背後から聞こえてきた声にハッとして、振り上げていたらしい拳を止めた。即座に周囲を見渡すと、そこには関節が外れたせいで動かない両腕をダランと広げて呻く不良が数人居る。コレは、また・・やってしまったか。

「まァた瞳孔ガン開きじゃん」
「マジか」
「マジ。そんな楽しかったン?」
「全然楽しくない……」

 何度も同じ様なことを繰り返してなお全く学習しない自分のやらかしに小さく呻いて、現状を『楽しそうなこと』だと形容されてしまったことにサングラスの上から眉間を揉んで。もう既に数えることをやめたくらい止めてくれている中で、また今日も止めてくれた半間に、溜め息ついでに「助かりました」と言えば──いつかと同じ拳と共に「オレとも喧嘩してくれンならいーよ♡」なんて言われてしまった。

 ──待て、待て待て、先にこいつらの肩嵌め治すから。ちょっと待て。十分もかからないンだから大人しくしてろ。おいコラ、人のサングラスで遊ぶな。「お、今日の色良いじゃん」じゃねえンだわ。返せ。





「半間、手出してください」
「ハ?」
「罰の方でいいですよ」
「何?」

 わざわざ呼ばずともフラリと顔を出して止めてくれた半間と、礼も兼ねた一通りのタイマンをして。どうも満足したらしい半間が煙草に火をつけたところで、物は試しだと実験をしてみることにした。

 静かに燻る煙草は持っていない方の、首を傾げつつ差し出された手を握ってみる。何も変化はない。手を変えて罪の方を握ってみる。こちらも変化はない。

 半間は条件を満たしていないだけなのか、それとも私の方に問題があるのか、やはりあのオカ版に書かれていた話はただの与太でしかないのか。後ろ二つはともかくとしても、一つ目は当然その通りなのだろう。半間は圭介が死ぬことを知らないし、そもそも現時点では圭介の存在だって知らないはずだ。
 とはいえ、後者二つに関しては現段階で結論付けたくない──みたいな。誰彼構わずタイムリープしてしまうわけではないのだと知れただけでも重畳だった。

 片手を顎に当てたままに頭を回していれば、罪の方を何度か握り直しながらも微妙な表情をした半間から「マジで何……?」なんて声が聞こえてくる。いけない、手を握ったままだった。

「ちょっと気になって」
「オレの手が?」
「は? いや、半間の手には特に興味ないです」
「……や、天界語なんか流石に分かんねえって。オレにも分かる言語で話せ」
「死神言語は話せないンですよね。すみません」
「日本語で良いんだワ」
「間違いなく日本語喋ってンだけどなー?」

 もしも仮に、オカ版のタイムリーパーの話が与太でないとすれば。
 もしも仮に、マイキーの怪我を回避させた・・・タイムリーパーが、今もまだ、存在しているのであれば。

 仮定ばかりを積み重ねたものではあるが、もしもそうであるならば、一度は本気で考えておかなければいけないことがある。即ち、二人以上のタイムリーパーが同じ時間軸に同時に存在することができる場合の未来についてだ。
 一人が未来を変えた場合、他の未来も望むものになるのかどうか。どう考えたって、協力でもしない限り難しいだろう。つまり協力できない場合は──他の全員を殺してでも、自分の道を舗装しなければならないというわけで。

 ──そこまで考えたときに、自分の腹が鳴った音が聞こえて。それからようやく、沈みかけた思考を止めた。
 やはり空腹は良くないな。冷静に考えられなくなる。腹が減れば誰かも分からない人が書いた与太を信じたくなってしまうし、どんどん悪い方へと流されてしまうことも分かりきっているのに。

「……飯行く?」
「行きます。止めてくれたお礼に焼肉奢ります」
「太っ腹じゃーん♡ つーか食欲に正直すぎな?」
「成長期ですからね。トチって少年院に入れられた暁には確実に発狂しますよ」
「あー……飯マズいんだっけ?」
「らしいです。しかも少ない」
「ウワ、それは死ぬワ」
「そういうことなんで」

 「今後ともストッパー係、よろしくお願いしますね」なんて言って、サングラスとマスクの下でニッコリと笑う。少しの間ぱちぱちと瞬きをしていた半間は、口元をもごもごと動かして──それから、大きく溜め息を吐いた。何だその顔は。


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