5
少し気は早いものの、バレンタインは当日に場地が学校に来たら渡しても良いかな、とも思っている。確実に来る確証がないからこそ大きい口も叩けるというものだ。相変わらず、場地の出席率は皆勤賞には程遠いのだから。
別に、バレンタインをきっかけに付き合いたいとか、そういう話ではない。場地自身は普通に良い奴なのだ。多分、渡したら普通に受け取ってくれるだろうし。そもそもバレンタインとか、女の子自体にもそれほど興味はなさそうだし。ただのお裾分けの文脈で受け取ってくれる気がする。どうせ友チョコ用兼自分用に量産する予定なのだし。今更数人分増えたとて、労力自体はあまり変わらない。
ああ、でも彼女とか居たら申し訳ない気もする。いくら私が下心なんてありませんと宣言したところで、居るかもしれない彼女さんは良い気分にはならないだろう。──一応、松野に聞いてみるか。別にこの確認は場地への下心とかではない。ないったらない。居るかもしれない場地の彼女さんへの気遣いだ。既に場地への気遣いですらない。
「場地さんに彼女ォ?」
「そう。知ってる?」
「聞いたことねえけど……何で?」
「居るならチョコ渡すの申し訳ないかなって。ほら、バレンタイン。気は早いけど」
「は!?」
「や、ただの友チョコね。普通に」
「友チョコ……」
「松野も要る?」
「……くれんなら」
「OK、込みで材料計算するね」
「ッし! 女子からのチョコ!」
「はは、見境ないな。ただの友チョコだって」
どうも居ない──というか、少なくとも松野は聞いたことがないらしいから。コレで安心して友チョコを押し付けられるというものだ。
松野が知らないのであればきっと居ないのだろう。もし万が一居たとしても、松野にまでその存在を匂わせないのであればそれは、普通に隠したがっていると考えて構わないだろう。それで私が知らなくて渡してしまったとて、もう仕方がないことだ。
「……ノキさんにも言っておこうか?」
「は? いい」
「照れてるね。分かるよ」
「分かんな。オレは牧野の頭ン中が分かんねえよ」
「喧嘩ップルってやつだね。分かるよ」
「分かんなっつってんだろ!! 違ェし!!!」
「喧嘩ップルって皆そう言うよね。分かるよ」
「違ェから!!!!」
さて、女の子の友達にあげるだけなら普通に甘くするれけど、男子勢にもあげるなら甘すぎない方が良いのだろうか。……どうだろう。性別だけで好みを断定してしまうのは確実に早計だとは分かっているものの、せっかくなら美味しく食べてほしい気もするし。
「……ね〜松野〜」
「場地さんなら甘いのも人並みに食うぞ」
「エスパー?」
「流石に話の流れから分かるだろ」
「天才?」
「あ、でも量食うなら塩っぱい方が好きかも」
「神?」
流れで始まった『場地さんとペヤングを半分コして食べた』とかいう松野の話を聞き流しつつ、頭の中でそれらしい案をいくつか出して行く。何がいいかな。バレンタインっぽい塩っぱい系ならチョコでコーティングしたポテチとか? それならポテチから揚げるか。いや流石にやりすぎ感があるな。一応友チョコ──と、いうことにしているのだし。分かりやすく気合いを入れていると気付かれてしまっては恥ずかしい。
しばらくそんなことを考えていれば、今までペラペラと語っていた松野が急に黙った。何だ、自慢を聞き流していたのがそんなにお気に召さなかったのか。
「何?」
「……それ、マジで本命じゃねえの」
「はは、だから友チョコだって」
「しつこいな」なんて言ってへらりと笑う。どうせ居るし、と松野にもどんなものが良いか聞いてみれば、「くれるなら何でもいい」みたいな返事が返ってきて。流石に少しイラッとした。しばらく考えてそれか。あげ甲斐がないヤツだな。「だからモテないんだよ」なんて言えば普通に怒られた。当然すぎる。松野の睨みとか今更何も怖くないんだけどな。正直、一年のときに見すぎたこともある。それでももガンガン話しかけに行っていた私の頭はどう考えてもおかしい。
「……あ」
「まだ何かあんのか……」
「松野って握力どのくらい? ちょっと全力で手握ってみて」
「何でだよ。ヤだわ」
「いやね、場地が不良の握力してたからさあ、松野もそうなのかなって」
「…………ついに手繋いだのか? 場地さんと?」
「や、顔掴まれたときの握力の話」
「…………チューしたのか? 手繋ぐ前に?」
「はは、んなわけ。ただ掴まれただけだよ。こう、ガッて」
「何ッッッッでだよ!!!!!!」
「……さあ?」
──全力で諸々を記憶から消し、諸々をしらばっくれて。そんな会話を松野としたのが、夏休み前のことだった。流石に気が早いにもほどがある。しばらくウズウズとしていたものの、どうにかこうにか我慢して。そうして、十月に入ってから試作を始めた。
それでもやはり、流石に早すぎる気もする。もしかして気合入れすぎ? でもどうせなら美味しく食べて欲しいし、口に合わないものはあげたくないし。どうせなら、へ〜アイツお菓子作り上手いんだな〜みたいな印象を植え付けたい。いっそハリボテの印象でも良い。どうせ試作も改良も何度か重ねるつもりなのだ。実力は後からついてくるはずなのだから。
「試作一号! 食べて!」
「そりゃくれるならもらうけどね」
「そもそも何の試作?」
そんなことを悶々と考えながらも、いつもの友達二人と教室でお菓子パーティーを開催した。今日は普通に趣味で作ったクッキーと、じゃがいもを揚げるところから作ったチョコがけポテチ、それから楽しくなって量産してしまったマカロンだ。どう考えても作りすぎた気もする。見目よく美味しくできたから何も問題はない。
「あー……バレンタイン、です」
「は!? まだ十月だよ!?」
「遠回しすぎるハロウィンパーティーのお誘いかと思ったじゃん……」
「え、良いね。やる? やろうよ。予定空いてる?」
「空いてるけど……そもそもハロウィンパーティーって何するの? コスプレ? 場地にマキの写真送ってやろうかな」
「良いじゃん楽しそ〜!!」
「絶対やめて。そんなことするなら松野に二人の写真送るから」
「は? 何考えてんの? やめてくれない?」
「何で私まで……?」
「連帯責任」
「容赦なさすぎ」
ハロウィンパーティーの予定を即行で決めつつ、何のコスプレをするかと話し合う。「王道は狼男、魔女、吸血鬼……」「マキミキ、ナース着ない? 私のために」「着ないよ。それよりノキさんの猫耳見たーい」「どうせならハロウィンっぽいので統一しようよ。ナースは却下」「さんせー!」「チッ」みたいな。正に女三人寄れば姦しいを素で体現しつつも、ああでもないこうでもないと言い合っていれば──不意に、あの爽やかな青色の香りがして。それから、頭の上に肘が乗った様な重みを感じた。
「美味そうなモン食ってんな」
「場ッ!?!?」
「……? オウ」
「カ……カツアゲ……?」
「はァ? んなワケ」
「私、おかねもってません……」
「だから違ェっつってんだろ」
流石に、というかなんというか。少し前に名前が出た人の登場は心臓に悪いものがある。軽口を叩きながらも暴れ回る心臓の辺りを押さえていれば、心配そうな「……大丈夫か?」なんて声が頭の上から聞こえてきて、どうにかこうにか「大丈夫……」とだけ返した。嘘、全然大丈夫じゃない。何で今日に限って登校してくるの。偉いね、その調子で毎日来てよ。私に会いに来いとまでは言わないけれど、授業くらいは普通に受けに来い。
「まあいいや、場地も食べる?」
「良いのか」
「ははは、ダメだったら聞かないよ」
まあ、正直、大きいタッパーに直入れな時点でかなり恥ずかしいものがあるのだけれども。元々ただのお菓子パーティーのつもりだったから、丁寧なラッピングをする気もなかったのだ。試作段階で場地にあげるつもりもなかったし。だからこそ、できれば気付かないで欲しかった気持ちもあるのだけれども。
とはいえ、気付かれてしまったのであれば、どう考えたとてお裾分けした方が自然だろう。普段から個包装の既製品はお裾分けしているし、普通に受け取ってもらえているし。失敗もしていないし、散々味見して我ながら天才かもしれないとか思えたからこそ、仲良しの友達とのお菓子パーティー用に持ってきたわけであるし。
そうして。「サンキュー」と言ってマカロンに手を伸ばした場地は、本当に何の気負いもしていなさそうに、個包装の既製品をあげたときみたいに普通に口に入れて。普通の顔をして「は? ウマ」「マジで美味い」なんてことを言って、クッキーとチョコがけポテチもひとつずつつまんで。「サンキュー、マジで美味かった」と、地獄の勉強会以降はよく見るようになったあの顔でいつも通りに私の頭をひと撫でしてから、自分の席まで戻って行った。
何度も言ってくれたその言葉と、自主的にマカロン以外もひとつずつつまんで行ったその行動のおかげで、ひとまずのところは路線を間違えていない確信が得られたのだ。あの分なら本当に、普通に受け取ってくれそうだ。
「……『マジで美味かった』ってさ」
「良かったね。マキ」
「あんまり……突っ込まないでもらっていいですか……」
「珍しい、ガチ照れじゃん」
「格好つける余裕もないんだ……可愛いねえ……」
「あんまり、見ないでもらってもいいですか……」
──そりゃあ、嬉しいに決まっているのだ。勘弁してくれ。
「……しかも何アレ、誰への牽制? 他の男共?」
「あとは私達とか? それは流石にちょっとムカつくけど」
「……? いや、場地は割と人の髪触るの好きだよ」
「なにそれ新情報すぎる。マジで?」
「場地君がマキちゃん以外の女の子の頭撫でてるの見たことないんだけど」
「そう? 松野の頭はよく撫でてるけど……」
「……あー、もう松野のこと消した方が早いかもな。存在ごと」
「二人共〜……一旦舎弟わんこのことは忘れてね〜」