05

人だったもの。初めて目にするそれにわたしは堪えきれず朝食を戻した。
無惨にも変わり果てた姿になった二人と、下半身がごっそりなくなっている一人。人の想像し得る死に方を明らかに超えた変死体を前にして動揺する様子はあったが冷静さを欠かない三人は、既にこういったものも見てきたのであろう。
以前五条先生が「都会の呪霊は田舎にいるのとは格が違う」と教えてくれたことがあったが、確かにわたしの住んでいたところにも呪霊こそいたもののこんなことになった人などいなかった。
胃の内容物がなくなった後も嘔吐えずくわたしの背中を野薔薇ちゃんがさすってくれた。

「この遺体、持って帰る。あの人の子供だ」

虎杖くんが被害者のうちの一人のネームタグを見てそう言った。あの人…伊地知さんと居た時に話しかけてきた女性のことか、と思った後彼女の前にこの遺体を持っていくこととそれを差し出される彼女の思いを想像してまた胃液が迫り上がってきた。

「顔はそんなにやられてない。遺体もなしに「死にました」じゃ納得できねぇだろ」
「あと二人の生死を確認しなきゃならん。その遺体は置いてけ」
「振り返れば来た道がなくなってる。あとで戻る余裕はねぇだろ」
「後にしろじゃねえ。置いてけっつったんだ。ただでさえ助ける気のない人間を死体になってまで救う気は俺にはない」

伏黒くんが虎杖くんの服を掴んで唸った。二人とも冷静に、だけど本気で言っている。言い分はどちらも理解できるもので、だんだんヒートアップしていく二人を止める言葉が見つからない。だって、ここで選択を間違えたら後には戻れないのだ。
遺体を持っていくか、いかないか。いずれその二つの天秤をどちらかに傾けることになるのはわかってはいるが、その責任の重さに怯んでいるというのもまた事実だ。

「いい加減にしろ!!」

見かねた野薔薇ちゃんが二人を止めに入る。慌ててわたしも後に続こうとした──が、叶わなかった。
わたしと野薔薇ちゃんは、足元からとぷりと黒い闇に沈んだ。文字通り、“沈んだ”。地面に裏切られるかのように。

***


「ちょっと…!!どこよここ…!」
「の、野薔薇ちゃん…!」
「名前!アンタ大丈夫!?真っ暗で何も見え──」

視界一面に広がる闇の中、野薔薇ちゃんの声が聞こえて安心したのも束の間、夥しい量の呪いの気配がわたしたちを取り巻いていた。
闇に浮き上がるように白塗りの顔がこちらを見つめ、そして無数の目、目、目……
どうしろというのか。逃げようにもこうも暗くては足元も見えない。明らかに強いとわかる呪霊に取り囲まれている。先程の被害者の姿がフラッシュバックした。わたしも、ああなるのか?

「っ野薔薇ちゃん、これ……」
「…やるわよ、名前。」

凛とした声。この状況の中迷いのない彼女の声が、絶望に呑まれかけていたわたしを奮い立たせた。
そうだ、確かに今は暗いけど、きっとこの暗さを作っている呪霊がいる。それを叩けば少なくともこの闇は晴れるはずだ。わたしは音を頼りにできる限り野薔薇ちゃんのサポートをしなくては。だって今野薔薇ちゃんを手伝ってあげられるのはわたししかいないのだから。

「まずはここを暗くしてる呪霊を見つけて祓うことを最優先にしよう。加護がきれたらかけ直すから、声を出して。なんとかして触れにいくから!」
「わかった。」

野薔薇ちゃんが攻撃を繰り出しに走る音がした。わたしも、自分の身は自分で守らなくては。構えた瞬間、耳元で風を切る音がした

「っ…が、ぁっ……!!!」

体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。白塗りの顔がけたけたと気持ち悪い笑みを浮かべていた。
痛む体をなんとか起こそうとしたところで、もう一撃。顔面にモロに喰らい、口の中が切れたのか鉄の味がする。

「っ名前!!」

ギィン、と音がしたかと思うとわたしの目の前の白塗りに亀裂が入り、闇の中に姿をくらませた。野薔薇ちゃんがあいつの後ろから攻撃をしてくれたのだ。

「ありがと──」
「お礼はあと!次、来るよ!」

声に弾かれるように咄嗟に構えるとまた大きな衝撃。しかし今度は耐えられた。先の攻撃でだいぶ体が軋んでいたが、野薔薇ちゃんの指示が的確だったからだ。

「名前、来れる!?」

声のした方に走り、術式を発動させながら野薔薇ちゃんを探し手を宙に泳がせる。

「っぐ、ぅぁ……っ!!」

しかしわたしの伸ばした腕は呪霊の攻撃に阻まれた。右腕に一撃、大きいのを喰らってしまった。確実に折れただろう。

「っクソ、クソ……!!」

野薔薇ちゃんが必死になっている声が聞こえる。
わたしが下手に動いては余計に状況を悪化させかねないことにやっと気がついた。先ずはこの暗闇を晴させるのが先決。当初の目的と最初の攻撃を思い出した。
右腕が使えず、この状況で足手まといのわたしができることは一つだろう。

囮になって少しでも注意を逸らし、そこを野薔薇ちゃんに叩いてもらう。

わたしは地面を蹴った