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初めての単独任務。今までと違って誰かと連携を取るということができなかったから想定していたよりもだいぶ時間は掛かってしまったが、これといった大きな怪我もなく無事祓うことができた。
幸いこの後に任務は入っていないし、今日は早めに帰ってゆっくりと体を休めよう。
せっかくだしこの間野薔薇ちゃんと出掛けた時に買ったいい香りの入浴剤使おうかな。そんなことを考えながら伊地知さんの待つ車に向かっていたところ、待っていたのは伊地知さん……ではなく五条先生だった。
「名前!おつかれサマンサ〜!」
「先生!なんでここに?」
「僕のかわいい生徒の初の単独任務なんだ、労うのも教育者としての務めでしょ?」
「あ、ありがとうございます…?」
わたしたち1年の担任とはいえ、特級術師として多忙を極めるこの人がわざわざ時間を割いてこんなところまで来るなんて。可愛がられている証拠…なのだろうか。
もちろん、“生徒として”であることは頭ではわかっているつもりだが“個人として”だったら…なんて考えてしまうのはわたしが彼をただの担任としてだけではない目で見ているからに他ならないのであった。
「それで、どうだった?」
「みんなで戦うのと1人で戦うのはやっぱり全然違いますね……考えることが多くてかなり時間かかっちゃいました」
「でもそんなに怪我もしてないみたいだし、上々じゃない?」
「へへへ…先生にそう言っていただけるのは嬉…」
ぐうぅ
間の抜けた腹の虫の鳴き声がわたしたちの会話を遮った。
「あはは、疲れてお腹すいちゃったんでしょ。飯行こっか!」
「気を遣わせてしまってるみたいで申し訳ないです…!」
「初の単独任務完遂祝いだよ。五条先生が奢ってあげるからさ。何が食べたい?」
正直、有難い申し出だがこうして急に想い人との食事の機会を与えられるとどういう選択が正しいのかわからない。わたしの今食べたいもので言うと今朝寮を出る前に見たテレビの料理番組で作っていた中華なのだけれど今ここで素直にそう答えるよりもうちょっとかわいいご飯を選んだ方が印象がよさそうだし、先生の好きなものを一緒に食べることも浮かんだけれど先生はよく甘いものを好んで食べているものの今はどちらかというと夕食の時間だし、このチャンスをデートと考えておしゃれなお店に入るには戦闘直後のわたしの制服はみすぼらしすぎる。ああ、こんなことなら事前にリサーチでもしておくんだった。
「ほら、早く決めないと伊地知の残業時間が増えちゃうよ?」
「あ、えと、中華がたべたい、です…!」
急かされて咄嗟に自分の欲望に忠実にそう答えると五条先生はにっと笑ってわたしを後部座席に押し込み、自分もその後に続いた。
「伊地知、出して。いつもの中華の店の前で下ろしてくれればいいから」
「いつもの?先生行きつけのお店があるんですか?」
「まあね。楽しみにしててよ」
***
「ここのエビチリが美味いんだよ〜」
25万もするシャツを着ている五条先生のことだから高級中華料亭にでも行くのかと思っていたが、到着したのはよくある下町のこじんまりした中華料理店だった。
勝手知ったるといったふうにすっと長身を屈め暖簾をくぐる先生に続いて店内に入ると、これまた店の外観のイメージそのままの内装。メニューを見ても常識範囲内の価格設定、それどころかちょっとリーズナブルなくらいだ。
多分わたしはちょっと五条先生に偏見があったのかもしれない。ごめんなさい、先生。
そう心の中で謝りつつメニューを注視すると五条先生おすすめのエビチリはどどんと大きくページを占領していた。このお店の看板メニューなのだろう。
「どれ食べたい?」
「先生お勧めのエビチリは外せないとして……あとはどれも美味しそうでちょっと決めかねてます」
「じゃあ僕がてきとうに選んでいい?」
「あ、はい!どうぞ!」
先生が片手を上げて店員さんを呼んでてきぱきと注文していく。2人で食べるとはいえちょっと多くないかな?という量だが食べ切れるだろうか……
「ね、名前。僕がこういうお店入るの意外だった?」
「ええと……その……ハイ……正直意外でした。すみません」
「顔に書いてあったよ。名前、わっかりやす〜」
六眼はそんなものも見えるのか……という冗談はさておき、失礼なことを考えていたことを当てられて申し訳なさが顔を覗かせると共に、同じようにわたしの気持ちが先生にバレていやしないかとひやひやする。
たしかにわたしは彼に対して先生と生徒以上の気持ちを持っているが、家柄,年齢,肩書き,実力,容姿,経済力etc…どれを取っても不相応なのはハナからわかりきっていたことなのでこの想いは育てずに墓まで持っていくつもりだ。
「ここはね、僕が学生の頃たまに来てた店」
「高専生だった頃にですか?」
「うん。傑と硝子と三人で来てた。」
先生の高専時代……
考えたってどうしようもないことなのはわかっているがわたしの知らない頃の五条先生の思い出がこの場所にあるんだ、と思うとなんだか先生が遠くに感じられて、はじめから諦めている恋とはいえこの状況に少し浮かれていた自分を現実に引き戻すには十分だった。
「おまたせしましたエビチリですぅ〜〜」
一見空気を読まずに料理を持ってきた店員さんだが、今のわたしからするとこの上なくありがたかった。これ以上この状況を楽しめなくなるような要素を拭いたいわたしにはこの話題を切り上げる口実ができて内心ほっとしていた。
「わ〜〜!おいしそうですねぇ!」
「いただきまーす」
「いただきます!」
無理やり明るいテンションを作り熱々のエビチリに手をつける。丁寧に尻尾を取り除いてあってそのまま一口で食べられる気遣いが施してある上、衣も適量。味付けも変に辛すぎることもなく、かといってケチャップの味が主張するでもなく絶妙だ。エビ自体もぷりぷりしてて美味しい。これ、いくらでもいけそう。五条先生直々のお勧めだけある。このレシピ知りたいかも。
「うっっま……」
「ところで、さっきの話の続きなんだけど」
「……すみません先生。それ、後でもいいですか?これかなり美味しくて感動してるので味わって食べたくて」
先程の話を蒸し返そうとした先生に思わず噛み付くように返事をしてしまう。いや、まあ後者に嘘はないのだが半ば八つ当たり的に答えてしまったため語気に荒々しさが少し漏れてしまった。
「ホント、名前わかりやすいね。」
「え?」
「僕が高専生だった頃の話するのちょっと嫌だなって思ったでしょ。かーわい」
「っそ、んなわけ……」
いきなり何を言うかと思えばどこまで見透かしているんだろう
五条悟は。
お冷を持った方の手が震えて氷がからからと小さく音を立てる。
だめだ。この気持ちはこの人だけには知られちゃいけないのに。
「僕が名前をここに連れてきたのはね、名前と新しい思い出を作りたかったから。今までのを塗り替える、って言うと言い方が悪いけどさ、僕は学生時代という過去だけじゃなくて君と食事する今と未来をここに増やしたかった。」
「…今と、未来……?」
「あ、言っておくけど別に誰でもいいわけじゃない。名前と来ることに意味があるんだからねっ」
真剣に話した後ぷうと頬を膨らませふざけて見せる先生。ああ、この人はいつもそうやってわたしの心を掻き乱す。思わせぶりなことを言ったり、かと言ってわざと距離を感じさせるような言い方をしたり。
こういうこと、他の女性にも今までしきたのだろうか。
「あ、また余計なこと考えてる顔してる」
「わ わたしそんなに分かりやすいです?」
「そのくらい見分けられて当然。僕がどれだけ名前を目にかけてると思ってるの」
そう言いながら五条先生はエビチリの最後の一つをひょいと取って口に入れた。
“目にかけている”。それって、いち生徒として?それとも──
「今すぐにどういう意味かはわからなくてもいいよ。でも僕、もう我慢しないから覚悟しててね」
他の料理まで平らげる頃には、もうだいぶ夜になっていた。あんなことを言われた後だ。申し訳ないがエビチリ以外の料理の味なんて全然覚えてない。どうしてくれるんだ…
「ねえ、もし僕がここで君を帰したくないって言ったら、問題になっちゃうかな?」
五条悟とエビチリ
先生、わたし自惚れてもいいですか