#03オレンジビーンズ @
「皆さん、忘れ物はないですか?」
早朝6:00。鳥の鳴き声をBGMに、ある一軒の家は騒がしく音を立てていた。
「ねーよ。ちゃんと爆弾も入れたし」
「私も無いわ。ていうか、毎回確認のために時間取るのやめなさいよ」
一軒家──“碧”のアジトの玄関で、新メンバー勧誘のため黄の国出発の準備をするシアン、マゼンタ、ソレイユ。留守番のサルファーは見送りに来ていた。
「何言ってるのですかマゼンタ!こないだのとある企業の社長暗殺のための毒薬忘れたの、誰だと思ってるのですかー!?」
「アンタよ!!!そのせいで殺せなかったんでしょうが!!!!」
2人のやり取りに、ソレイユは疑いの目を向ける。S級の中でもトップクラスの犯罪者だとは、まだ信じられそうにない。
「それじゃ、行ってくるのです!サルファー、お留守番頼みますよ!」
「おう、任しとき」
「セールスは断っときなさいよ」
「どんな心配しとんねんお前…」
いってらっしゃい、というサルファーの言葉に、ソレイユは懐かしさを覚える。何だか家族の一員になった気分で、それが少し嬉しく感じた。
家を出て、改めてここが住宅地のトパーズタウンであることに気付く。地図的にいうと、確か黄の国領域外の南部にある小さな町で、どの国の本部からも目が届かない。流石に住む場所はちゃんと考えているらしい。
これなら黄の国まですぐだなと思うと同時に、自分の故郷に帰るのかと少し悲しくなった。
「黄の国まではこの町を出てすぐの所にオレンジタウンがあるから、そこ通らないといけないわね」
「ん〜…いつもの変装スタイルで大丈夫ですかねぇ」
不安そうに言う今のシアンの姿は、いつもの紺色のケープは羽織っておらず、大きなポシェットの中に畳んでしまってある。さらに鎖状に束ねられた水色の髪を2つのお団子スタイルにまとめている。以前彼女がしていた格好と全く同じものだ。…正直、“紅の修羅”の情報が少なすぎるのだから、変装なんてしなくてもバレない気はするが。
家の鏡の前で、慣れた手つきで事を進める姿に、変装慣れしているのかと感心したのが記憶に新しい。
ソレイユも自分で頑張ってみたが、生まれてこの方変装なんてした事がなくイマイチな出来になってしまったため、結果マゼンタにやってもらっていた。癖のあるオレンジの髪はサラサラストレートに大変身。少し大人っぽくなった自分の姿に少しだけ嬉しくなった。
やはりマゼンタも変装慣れしているのだろうと彼女の方へ視線をやった。
「オバさんも結構別人だよな」
「オバさん言うな。変装なんだから当たり前でしょ」
マゼンタはピンクのウェーブヘアを緩く三つ編みにまとめ、腰につけていたスカーフを首に巻きつけている。さらに袖に付いた無駄に多いフリルをスカートに巻きつけるなど、服の様々なパーツを入れ替えていた。たったそれだけにもかかわらず、不思議な事に服の雰囲気は全く違って見えた。
「てかどうなってんだよその服…」
「パーツごとに取り外し可能なだけよ」
行くわよ、とマゼンタはさっさと先を歩いていく。その後ろを驚きの目で見るソレイユに、シアンは耳打ちした。
「マゼンタが着てる服、ぜーんぶ自作なのですよ」
「ぜ、全部!?」
彼女の思わぬ事実にソレイユは目を見開く。あんな複雑な服を、自分の手で作ったというのか。
「彼女の異名、知ってますか?」
「え…?」
「“魅惑の歌姫”って言われてるんですよ」
──“魅惑の歌姫”
真夜中に堂々と、煌びやかに現れる大泥棒。高価な物は片っ端から盗んでいく、貪欲な怪盗。夜闇を支配するその美しさからついた、マゼンタの異名だった。
「異名だけ聞いても、あまり犯罪者っぽくないですけどねぇ」
「赤の国の、有名なスパイ……じゃなかったのか?」
「おや、ご存知でしたか」
「ビンゴブックで見たから…」
S級のページに載る、数少ない女性の犯罪者。その中でも彼女の美しさはズバ抜けていた。しかし、堂々と現れるという表現に違和感を覚える。スパイというのは、目立ってはいけないのではないのか。
「マゼンタは目立ちたがり屋ですから。別の手段で自分の美貌を見せびらかしたかったそうです」
「あ、そう…」
何となく想像出来てしまった。
あのオバサンはどこまでも自分の欲に一直線らしい。
「でも、彼女は有能すぎるスパイなのです。髪型も、服装も、何通りにも変えられるように、どの状況でもベストを尽くせるものに仕上げられています」
「へ、へぇ…」
「ちなみにいつも着てるあの服…裏にはピストルやら薬やら色々入ってるのですよ」
「怖っ!!そ、それもスパイ活動のため?」
「イエース!!」
笑顔でピースサインをつくるシアンが、そんな万能なマゼンタと同レベルの人間と思うと、頭が痛くなった。自分もテロリストとして、ポーチには何種類もの爆破物が入っているが、他にも何か用意した方が良いかもしれない。
シアンが彼女を自分の教育係にした理由が、何となく分かった気がした。
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