碧落ラストコネクション


「い……嫌です」

ハニーは勇気を振り絞り言葉を発した。
そんな彼女の反応に、シアンは首を傾げる。

「何故です?」

「…私……天才とか……IQ200とか言われてるけれど…そんなに万能じゃ…ないんです……。出来ない事だって………た、沢山あります……寧ろそっちの方が多いくらい………」

ハニーはPCをぎゅっと抱え、震える声で言葉を紡いだ。

「わ、私に出来る事なんてありません……私が役に立つとも思えません…」



『何故出来ない!?この国の情報部は、お前しか頼りにならないのに!』

『天才は案外脆いって言うもんね』

『見損なった』


「そ、それに…私はこの国の裏切り者……もしかしたら、あなたたちを裏切ることだって……」

「え、そんな事心配しなくて大丈夫なのです」

「え…?」

何かに脅えるような表情のハニーに、シアンは笑顔で言った。


「我々の組織のメンバー、殆ど裏切り者なんで!」

「……!」

「それに人間誰しも出来ない事だってあるのです!シアンなんか未だに九九言えないのです!!!」

「……………」

それは流石にやばいんじゃないかと思いつつ、かつて仲間だったはずの大人たちと重ねてみる。
やはり、暖かい。

正義の味方たちの、冷たい視線。
悪役の、暖かい瞳。

まるで晴天の青空のような少女に、どこか憧憬を覚えた。


『ハニー・プルミルも地に堕ちたな』

『悪に手を染めるとは…』

『平和なこの国には、必要ない』


逃げて、隠れて、黒に塗り潰されて。そんな私を見る黄金の瞳に、吸い込まれそうになる。
呑まれてはいけない。この人についていくフリをして、この部屋から逃げて、誰も知らない所で1人で勝手に死ねばいい。

…でも、

「(この人なら………)」



『ハニー、キミは僕から逃げることなんて出来ない』


脳裏に過る彼の言葉も薄れてしまう程、力のある言葉。壊れ物を大切に扱うような、優しい瞳。

「約束します」

ハニーの揺れる瞳を、シアンはまっすぐ見つめた。

「キミを必ず、平和な空の下へ連れていくと」

もしかしたら、本当に。
──私の望む世界を、魅せてくれるんじゃないだろうか。

私らしくもない。いつもなら100通りの可能性を考えて、慎重に選んでいた。それでも、この部屋から…あの男から逃げたいという気持ちが強かったせいか、博打と言わざるを得ない選択をしてしまった。

この選択が正しいかどうかは分からない。でもこの部屋から出る唯一の方法は、これしかない。部屋から出た後のことは…またその時考えよう。

ハニーは震える痩せ細った手を、恐る恐る動かす。ずっと待ってくれているシアンの手に、そっと触れるように自分の手を重ねた。
重ねた手を引かれ、視界が反転する。ふわっと感じた浮遊感に、ハニーは目を見開いた。

「…えっ、な、何を…」

「え?お姫様だっこなのです」

「な、なんで!?」

「だってフラフラじゃないですか〜顔色も悪いし」

「あ…」

ここ最近、何も食べていなかったことを思い出す。けれど、このままどうするんだろう。あれだけ派手に爆発して暴れていれば、逃げるのもそう上手くは行かない。

「そんじゃ取り敢えず、みんなと合流するのです!速いのでしっかり捕まっててくださいね〜」

「え…、っわっ!!」

ギュンッ!!と音が聞こえるくらい風の抵抗を受ける。周りの景色が見えない程のスピードでビルの上を移動しているのがわかった。

ああ、風ってこんなに暖かかったっけ?
この国の空気って、こんなに煙たかったっけ?……それは仕方ないか。

「おーい!シアーーン!!」

「おっ、ソレイユくんの声なのです」

突然くるっと方向転換され落ちそうになる。ハニーは慌ててシアンの首に腕を絡めた。
その時、大量の殺気を感じた。

「!!!」

ハニーは驚いてビルの下へと目を向ける。そこには沢山の戦士たちがいて、全員こちらに向けて銃やら武器を構えている。そのまま一斉にシアンへ向けて、色々なものが飛んできた。
しかし遠くから高速で走る姿を捕らえるのは難しい。飛んできた武器がシアンに当たることはなかった。

「おっそい!!」

新たに聞こえた声にハニーは顔を上げる。それと同時にシアンはスピードを落とし、声の主に近づいた。
ようやく鮮やかに見えた視界が、ピンク色の美女をとらえる。その姿にハニーは目を見開いた。

「マゼンタ・ラヴローフ…」

「あら、アンタ私のこと知ってたのね」

お互いスパイのような罪を犯してきた人間故か、言葉はなくとも色々察したらしい。シアンとソレイユは、マゼンタがシアン以外の女と普通に話しているのに驚き呆然としていた。

「て、ていうかシアン!コイツがあのハニー・プルミルなのか?」

「そうですよ〜」

マゼンタの隣にいたソレイユがハニーを指差して言う。シアンの言っていた仲間というのは、この2人のことなのだろう。

「それより!僕の扱い雑すぎない!?」

「えっ、そうですか?」

「えっ、じゃねーし!!あの部屋にダイナマイト投げろとか言って僕を片手で抱えてさ!投げた後なんか僕のこと放ってあの中入っちゃうし!!最上階だぞ!?15階から落とされたんだぞ!?」

「私の力で無事に着地できたんだから文句言うんじゃないわよ」

「それでも!…こ、怖かったし」

涙目で訴えるソレイユにハニーは目を丸くする。最年少天才テロリストなんて呼ばれているのだから、どんなイキリなのかと思っていたが…案外子供っぽいところもあるらしい。
その時、

「動かないで!」

後方で聞き覚えのある声が響いた。
シアンはハニーを下ろし、ビルの下を覗き見る。シアンたちがいるビルの全体を囲むように、黄の国の戦士たちがこちらに向けて武器を構えている。更に後方から聞こえた声に振り返ると、目の前にも少数の戦士たちがいた。

その先頭には、小さな黄緑色のウェーブヘアの美少女。

「あなたたちはもう逃げられない。ここで終わりよ!」

こちらをキッと睨み叫ぶその小さな姿に、シアンは目を見開く。少女は口を開いた。


「はじめまして、“紅の修羅”……私は黄の国四天王No.2、ハーブ・ルトアよ」



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