碧落ラストコネクション


「本名はあまり知られてないようなので……あだ名というか、異名みたいなのでも言いましょうか?」


困り顔でそう言う少女に、少年は言葉を失う。自分の任務のターゲットに、命を救われた。

彼女から次に出る言葉は、当たり前の如く予想がついていた。

「“紅の修羅”と申します。勿論ご存知………ですよね?」

「ひっ…!」

その言葉に、ソレイユは一気に青ざめる。驚く暇もなく自身の背後にまわる少女に、反応なんて出来る筈がなかった。
ガンッ!!と肉体を切り裂く音とは違う音に少年は驚く。殺さないと言ったのは本当らしく、頭を殴って気絶させていた。


「………キミ、は…」


少年は血塗れとなった少女……基、シアンを見て小さく呟く。少年の微かな声を拾ったシアンは、倒れたソレイユを片手で担いで少年へと近づいた。


「ヒーローさん、お名前を教えてもらえますか?」

「……シグナル・レッド。……キミは本当に、あのシアン・ミルラーシュ…なのかい?」


未だに信じられないシグナルは、シアンにもう一度確認を取る。苦笑するシアンを見て、真実だと悟った。


「……シグナルくん、キミの言う暗殺対象とは、シアンの事ですね?」

「………」

「その相手が目の前にいるのに、殺さないのですか?」


シアンの言葉に、少年は俯く。
さらに言えば、ソレイユという別のS級犯罪者のオマケ付きだ。同時に2つの手柄を得られるにも関わらず、シグナルは動こうとはしなかった。


「…負傷もしているし、何よりキミは…命の恩人だから」

「たとえそれが、“世界最凶”の犯罪者でも…ですか?」

「うん。その事実に…嘘は無いから」


笑って答えるシグナルにつられて、シアンも笑った。するとシアンは何か考える素振りを見せて、ブラウスのポケットから1枚の小さな白い紙切れを取り出した。


「これ、あげます」

「…これは?」

「シアンが立ち上げた組織の電話番号と、そのアジトの地図なのです!」

「えっ!?」


“紅の修羅”が立ち上げた組織…となると、他のメンバーもおそらく相当な手練れの犯罪者だろう。仮にも敵対関係に当たる自分に、そんな情報を渡すなんてあり得ない、とシグナルは驚く。


「キミが本当に、“赤の国最強の暗殺者”、“世界最強の戦士”をやめたくなった時、ここに電話してみてください」

「え…」

「キミのところにはないものが、きっとある筈ですから」


どういう意味、と尋ねようとすると、遠くから人の声が聞こえた。おそらくエメラルドストリートの住民や、観光客たちだろう。


「おっと、流石にこの血だらけの姿は見られちゃマズイですねぇ…あ、シグナルくん、怪我の方は住民たちに手当てしてもらってください。シアンに治癒能力は無いので」

「…キミはどうするの?」

「このクソガキを組織に連れて行きます。犯罪者として生きていくには、幼すぎるので…ちょっと教育してあげようかと」


ニコニコ笑顔で言うシアンにゾッとする。
そして、ふと思った。
彼女は何の目的でここに来たのだろうか。


「それではシグナルくん、シアンはこの辺でおさらばします。キミとはまた…“絶対に会える”と思います」

「…!」

「ソフトクリームのお詫びは、その時にでもしてくださいな!」

「えっ…あ、ちょっ…!!」


ぽつり。
そんな音が聞こえそうな、たった一瞬の速さでその場から消えてしまった。

“絶対に会える”なんて、どこからそんな自信が湧いてくるのか。けれど、まるで空に浮かぶ雲のように掴めない不思議な少女に、また会いたい、なんて思ってしまった。

先程まで少女がいた目の前の道が、少しだけ碧く染まった気がした。




#01 碧落に飛ぶ少女
──少女は舞い降りた。



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