忘れ物
「忘れ物だ」
そうして差し出された手のひらの上に、見覚えのある輪っかがあった。
小さな青い石がはめ込まれたシルバーの指輪。わたしのお気に入り。
「よかった、探してたの」
「テーブルの上に置きっぱなしだった」
テーブルの上。ああ、そういえば、ハンドクリームを塗る前に外したかもしれない。指輪にクリームがつくのは嫌だから。
「ありがとう」と言って、手のひらの上にのった輪っかを受け取ろうとした。すると、何故かローはそれを握り込んでしまい、墨を入れた五本の指に食べられてしまった。
どうして、と首を傾げる。ローの表情は変わらない。いつも通りの、すっきりとした顔をしている。目の下の隈がなければもっとすっきりして見えるかもしれない。そんな風に思いを巡らせていると、流れるように左手がさらわれた。
短く整えられた爪ののった親指が、わたしの左手の指を撫でる。
人差し指、中指、それから最後に薬指をゆっくり撫でて、小さな青がきらきらと光る指輪が滑りこんできた。
「ロー、手が違うよ」
「お前がいつもつけてるのは薬指だろ」
「右手のね」
「おれから見たら右手だ」
「屁理屈はかわいくないよ」
「嫌なのか」
「そうだねえ、不思議な感じ。今までここにつけたことがないから」
本当に、不思議な感じ。金属の輪がとても冷たくて、その場所で浮いている感覚がする。それに、ほんの少し恥ずかしさもあったから、折角戻してもらった指輪だけれど、左手からいつもつけてる右手の薬指につけ替えた。
「もったいねェ」
わたしの手を握っていたローの手が宙をかいたのを見た。それからぽつりと呟かれた一言は、とてもさみしそうだった。とても残念そうでもあったし、拗ねた子供みたいでもあったから、声を出して笑ってしまいそうになった。
「だってこれはわたしが買ったものだよ。つけるのなら、貰ったものじゃないとね」
そう言えば、心なしか沈んでいたローの金色の瞳が指輪の石に負けないくらいに明るく光りだした。
「それならおれが買って渡せば、お前はつけるのか」
「ふふふ、そうねえ、でもその前にちゃんと好きだって言ってもらわないとね」