君がくれたキラキラ


※島を出る前くらいの話

いまでも覚えている。
なつかしくて、甘い記憶。
おだやかな昼下がりだった。
寄せてかえす波の音も、進む山の中も、いつもと違いとても静かだった。
森を抜けた先の岬。青々とした草っ原と、まぶしくきらめく、広い、広い海。
どうしてそこにいったのか。どうしてその場所だったのか。それは忘れてしまったけれど、次に思い出すのは、まだ大人になる途中の、けれど大きな手のひらがためらいがちに伸びてきたこと。
名前を、呼んだと思う。たぶん。指先から広がる温度がとてもあたたかくて、けれど目の前の彼は見たこともない真剣な表情をしていて、わたしはまばたきも忘れて見つめていた。
「エース」
喉を震わせて出した声は、自分でも驚くほど小さく、それからやわらかかった。
なにを意識したのかわからないけれど、まるで知らない誰かの声みたいで急に恥ずかしくなった。両手で顔を隠したくなったけれど、それよりも先にエースが動いていた。
片方の手はわたしの手を握ったまま。
もう片方はやさしく頬に触れて。
鼻先が触れるほど近い距離で、黒い目がわたしを捕らえて。
まつ毛が重なりそうになったから、ゆっくり目を閉じて。
それから一度、触れるだけのキスをした。
大人になった気分だった。
触れ合うだけで、こんなにも幸福な気持ちになるとは思ってもいなかった。
「なんだか不思議な感じ」
離れたばかりの唇の下でわたしがそっと呟けば、エースもまた同じようにやわらかく喉の奥で返事をした。
それから、長い時間が流れていったような気がした。
きっとほんの一瞬だったのだろうけど、いつまでも手を繋いでいて、見つめ合っていて、寄り添うように立っていた感覚があった。
なにかを話した気もする。
忘れてしまった。
覚えているのはエースのほほえんだ顔。
それから、胸を打つささやき声。
「もう一度キスしてもいいか」
海風にさらわれてしまいそうなほど静かに、けれどしっかりと主張してくることがいとおしくて。
わたしは短く返事をしてから、もう一度目を閉じたのだった。

title by 宵闇の祷り

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