キスがしたい話



ふと、控えめに名前を呼ばれた。
そっと目をやれば、一瞬だけ黒い瞳とかち合ったあと、すぐにそらされてしまった。
「なあに」
「あー……いや、別に……」
「そう?」
それならば、と何事もないように装ったけど、黒い瞳は泳いでいて。小さな視線がいくつか顔に刺さったのを感じた。
けれど、見ればたちまちそらされてしまうことがわかっていた。だったら、わたしから動いてあげればいいのかしら。
「エース」
「お、おう」
「なんでもない」
「はぁ?なんだそれ」
エースは唇を尖らせてまた顔をそらしてしまったけど、わたしが名前を呼んだだけで、パッと表情が明るくなったのがおかしくて、くすぐったかった。
「ねぇ、」
内緒話をするように声をひそめてエースの腕を引いてみれば、黙って耳を傾けてくれた。
わざわざ屈んでくれるのを知っていた。だから、ほんの少しだけ背伸びをして、そばかすの散った頬にそっと唇を寄せた。
「なっ……!!」
エースは頬を押さえながら、大げさなくらいに後退りをしてみせた。
ああ、おかしい。笑っちゃう。
愛おしくて、愛おしくて、胸の奥がきゅう、と締めつけられてしょうがない。
「ふふふ、あら、嫌だった?」
「い、嫌じゃねェけど……!!」
「そう?じゃあ、当たりね」
「当たりってなんだよ!」
「キスしたかったんでしょ?」
顔に書いてあったのよ、と言えば、エースはますます頬を赤くした。

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