起きた話
日差しは一枚の薄いシーツのようだと思った。
白く、やわらかく、あたたかく、全身をやさしく包み込んでくれる。
目を閉じたまま、まぶた越しにその明るさを感じていた。やわらかい光を浴びてほどよく身体があたたまり、ゆるやかな眠気まで足音をひそめてやってきていて。開いた窓から入る爽やかな初夏の風と、揺れるカーテンの音が、そのまま眠ってしまいなさいとわたしに語りかけているようだった。
それならば、と重力に身を任せるように、手触りのいいラグの上で意識を手放そうとしたときだった。
ほんの一瞬、影が差した。目を閉じたままでもわかった。まぶたの裏の赤みがふつりと消えたから。
薄く目を開けて見る。やっぱり大きな影があった。ゆるく癖のある、わたしのものではない前髪も見えた。
それが誰なのかはわかっていた。だから、あえて目を閉じた。気持ちがよくてこのまま眠ってしまいたかったし、きっと彼なら悪いようにはしないと知っていたから。
なんてことを思っていたら、気配がわたしに覆いかぶさってきて、一呼吸分の息づかいごと唇を食まれた。
息を呑む隙がなかった。だって食べられてしまったし、気配は──エースはわたしが目を閉じているから眠っているのだと思ったのだろうし。
熱いと錯覚してしまうほどの体温を感じる唇が、下唇をそっと包んでいる。触れている部分から、甘さを含んだ熱が身体中に広がって、ゆっくりと鼓動が早くなる。
「なあに」
下唇で感じていた熱が引いて、自由になったのだと思い、目を閉じたまま口を開いた。彼が息を呑んだ様子が容易に想像できる。
「起きてたのかよ」
てっきり寝てたもんだとばかり、とエースは言う。
「ずっと起きてたよ」
「起きてたんなら言えよ」
「寝込みを襲われたの、はじめて」
「おい、変な言い方すんな」
わたしの言ったことに勢いよく食いついてくるのがおもしろくて、堪えきれなくて声を出して笑った。視界をさえぎったまま笑うのは、とても不思議な感覚がする。どんな表情や仕草をしているか、思い浮かべるのが楽しい。相手がよく知る人物なら尚のこと。
だからだろうか、離れがたくて一つ訊いてみることにした。
「もうしてくれないの?」
「何が?」
「キス」
そう言えば、ほんの少しだけ間があいて。
「してほしいのかよ」
「したくないならいいんだけど」
「……する」
時間をかけて出した答えに、またも笑ってしまった。
そんなわたしへ、気配が、温度が、一気に押し寄せてきた。
「じゃあ、目、開けろよ」
真剣な声色に、期待を込めて目を開ける。
黒い瞳が、じっとわたしを見ていた。
「やっとこっち見た」
まぶしい日差しを浴びながらエースは目を細め、もう一度わたしの唇を塞いだ。
何もかもが輝かしく見える、昼下がりのことだった。