止めたかった話
「だめ」
近づいてきた顔に手を這わせて、くっつけるつもりだった唇を指で覆う。
手のひらに身じろぐ顎の感触がして、くすぐったい。彼は眉間にしわを寄せていた。
「……っ、おい」
「だめ」
「まだなにも言ってねェ」
「それでもだめ」
指のすき間から抗議の声がもれてくるし、視線は不満の色をおびているけど、離すわけにはいかなかった。
「エース、キスばっかりしてくるからだめ」
「……そんなにしてるか?」
「してる。今だってそう」
「そうか?でも、まァ、いいだろ」
そう言いながらまた顔を近づけてくるから、あわてて手を押しつけた。
だめだって言ってるのに、エースは聞いてくれない。それどころか、わざとわたしの手のひらに体重をかけるような態度をとる。唇の触れているところが、目立って熱く感じる。どうしよう。
「ドキドキするから、いやなの」
息を整えて絞り出したわたしの声に、エースの片方の眉がわずかに吊り上がる。手の下で頬が緩んだ感覚もした。
笑っている。きっとそう。しかも、悪い笑い方。余裕のあるしたり顔。
「へェ」
「だからしばらく禁止、だめ、」
「じゃあ、もっとドキドキさせてやる」
「えっ、……あっ……!」
押しつけていた手が掴まれて、手首の内側を舐められた。ぬるりとした肌を這う感触が肘の方にまでやってくる。
とっさにふり払おうとしたけど、エースの力には敵わなくて。舌の次は唇が、その場所を刺激する。ちゅう、と吸いついて離れる音が、手首から手のひら、指の第三関節、第二関節とのぼっていく。
「っ、エース……」
人差し指の第一関節。大きな音を立てて口付けられて、彼と視線が合った。わたしは震える呼吸を整えるのに必死だというのに、黒い瞳は楽しそうに揺らめいていた。そして、見てろよと言わんばかりに目を細めて、そのまま指先を食まれてしまった。
声も出せずに、ただ息を呑んだ。顔があつくて、心臓は狂ってしまったように素早く動いていて、息苦しかった。途方のない恥ずかしさに顔を背けると、エースの片腕がわたしの腰に回り、勢いよく抱き寄せられた。
「んっ、」
とん、と彼の体とぶつかる。その衝撃にため息混じりの声が出て、自分のものとは思えない甘さを含んでいて、それもまた恥ずかしくてしょうがなかった。
「かわいい奴」
指を食んでいた唇が動く。普段では感じることのない場所から、低い声が伝ってくる。爪と皮膚の間に唾液が流れ込んできて、彼の熱い舌が触れるのもわかってしまって、頭がうまく回らなくて涙が出そうだった。離してと言えばいいのに、わかっているのに、喉の奥がぎゅっとしまっているせいで声が出ない。空いたもう片方の手で自分の胸を押さえながら、おそるおそる視線を彼の方にやる。こうでもしなければ、心臓が飛び出してしまいそうで、大きな音を立てる鼓動を聞かれてしまいそうで怖かった。
「や……やだ……っ」
風が吹いてしまえば飛んでいってしまうような、声とも呼べない息づかい。今のわたしは口を動かすことすらむずかしい。
そんなわたしを尻目に、エースが動く。指から唇が離れる。その瞬間に白い前歯が見えて、ぞくりと背筋を走るものがあった。
このままどうにかなってしまいそう。熱に包まれていた指が冷えて、その場所だけなくなってしまったような錯覚をした。
きっと、食べられちゃったんだ。ぼんやりとしか動かない頭の中で思った。その間に離れた彼の唇が、今度は頬を伝い、耳たぶを食む。甘噛みされながら名前を呼ばれ、わたしは完全に体の力が抜けてしまった。
「や、だ」
「まだ言うか」
「やめてよ……」
「じゃあ、お前が折れるんだな」
「ひどい、いじわる」
「あんな煽られ方すりゃあ男ってのはこうなるんだよ」
覚えとけ、と物騒な言い方をしたけど、エースはわたしを落ち着かせるように背中を撫でた。
ひどい。わたしのせいにして。本当に、ひどい。
「煽ってないのに」
「どうだかなァ」
鼻先が触れそうな距離で彼が笑う。細めた目元がとてもやさしくて目が離せなかった。このままではいけないと頭の片隅に残った正気のわたしが叫んでいたけど、遅かった。
ゆっくりと降りてきた口づけを、あっさり受け入れてしまう。あれだけたくさん嫌だと言ったのに、彼の生む心地よさは特別だった。簡単に手のひらを返す自分はなんて単純なんだろうと思うけど、それも悪くないような気がしていて。
「エースが、わるいんだもん」
何度も何度も角度を変えてくり返されるうちに、自然とまぶたが落ちて。唇が離れると名残惜しげにまた名前を呼ばれた。
はぁ、と吐き出した自分の呼吸音が大きく聞こえる。それが合図のようにもう一度重なったとき、わたしはそっと彼の背中に手を伸ばしていた。
お題ガチャ消化作品