よしよしする話
ベッドに寝転がってスマホを見ていると、マットレスの端が沈んだ。
なんだろうと目をやる前に、画面をさえぎるようにエースの頭が胸の上に乗った。
「なあに」
「なんでもねェ」
「そう?」
ゆるやかな癖のある黒い髪が顎の下に触れて、素っ気なく答えるくせにぐりぐりと押しつけてきて、くすぐったい。スマホを枕元に置いて、エースの頭をそっと撫でる。手を繋いだり、抱きしめあったり、キスしたりするのは受け入れているけれど、頭を撫でられるのはあまり好きではない彼。むずむずするから嫌だと眉をひそめるのに、今は眠たげな目をしたままじっとしている。その様子はどこか幼く見えた。
「エース」
名前を呼んで頬に手を当てると、すり寄ってくる。その仕草に引き寄せられるようにして、自然と身体が動いた。うねる前髪を撫でつけて、おでこに唇を寄せた。次にこめかみ、頬。軽くくっつけて、小さな音を立てるだけのキスを何度もくり返したあと、最後は唇にして。
「エース」
「ん、」
「すき」
そう告げた途端、腕が伸びてきて抱きしめられた。さっきよりも強く密着した状態で、今度は彼が顔を近づけてきて唇をくっつける。
わたしのものとは比べものにならない、愛情の深さを感じるキスの合間に「エース、」と名前を呼べば、ふと小さく笑ったあとに重なり合いが深くなっていった。
舌先が下唇を包んで舐めるから、口を開いて迎え入れると簡単に絡めとられた。ざらついた表面同士が擦れて、しびれるような刺激が喉の奥に落ちていく。逃げても追いかけられて、歯列までなぞってきて、身体が浮き上がるような感覚が背中を押す。五感が研ぎ澄まされて敏感になっている全身に、覆いかぶさってくる彼の身体の重さが、苦しいはずなのに心地よくて酔いしれていると、いつの間にかシャツの下に入り込んだ手が脇腹に触れていた。エースのあたたかい手。ぎゅっと肉をつままれて、くすぐったくて身をよじった拍子に唇が離れた。
「びっくりした、急に」
「お前がそういう気分かと思ってよ」
「そういう気分?」
「なんだよ、違ェのか」
「どうだろう」
「じゃあ、その気にさせりゃいいな」
そう言うと、エースはニヤリと口の端を上げて、わたしの首筋に歯を立ててみせた。肌に前歯が食い込む。思わず短く声をもらしてしまって、手で口を塞ぐとその手を掴まれて、今度は指先を噛まれた。それだけで、なんだか落ち着かない気分になった。視線を合わせるのが気まずくてそらすと、いつの間にかシャツのボタンが全部外されていた。
「ボタン、開けるの上手ね」
「こーゆーのに上手いとか下手とかあんのか?」
「前はボタンひとつ外すのも時間かかってなかったっけ」
「かかってねェ」
少し食い気味に返されて、つい笑ってしまった。それまでのしっとりした雰囲気が晴れていくのを感じた。わたしはくすくすと笑いながら、エースの首に腕を回した。引き寄せるようにすると意図を察してくれたようで、そっとおでこを合わせてくれたけれど、腑に落ちないといった渋い表情を浮かべていた。
「エース、かわいい」
「かわいくねェ」
「ボタン、上手に外せたからいい子いい子してあげるね」
「やめろ、撫でんな」
「おでこ、あったかい」
「おい、おれの話聞けよ」
「ねむくなってきたかも」
「寝るなよ」
「寝ちゃだめ?」
「だめだ」
「どうしても?」
「どうしても」
「じゃあ、起こして」
鼻先をすり合わせてそっとささやくと、間近にある瞳の色ががらりと変わった。それまでのなごやかさなんて吹き飛ばしたみたいに、輪郭は揺らめいて熱がこもっていた。鋭いような、けれどやさしいような視線を注がれて、期待に胸がふくらんでいく。
「ったく、世話が焼ける」
なんてことを言うエースの声はとても甘く、やわらかくて。
やがて落ちてきたキスは、わたしの胸に頭を乗せていたかわいらしさなどかき消した、大人びたものだった。