夢中
「わたしばかり見てないで」潜入捜査の最中だというのに、こちらを見下ろす彼に釘をさす。髪を上げ、光沢のある高級な生地で作られたスーツを身にまとってわたしの隣に立つ姿は、とても素晴らしいものなのに。「今日のお前はきれいだ」「わたしを口説かないの。ターゲット、ちゃんと見てる?」「見てる」「今話してる男、黒い噂のバーゲンセールみたいな奴だけど、あいつも出資者なのかしらね」「髪、上げてるのも似合うな」「もう、サボ」普段から軽い口説き文句を投げかけてくる彼だけど、今日はやけにしつこくて、ちょっとうんざりしてきた。「ちゃんと仕事して、怒るよ」「口紅の色もいいな」「こら」「しかたないだろ、お前が最高にいい女なんだからよ」肩をすくめる仕草をして、パーティー会場の大理石の壁にもたれる動作が様になっていて、それもまたわたしをいらだたせる。「わたしはいつだって最高」「あぁ、知ってる。おかげで目が離せねェ」「今は離して」「じゃあ、あとで見せてくれよ」「仕事しない人には見せないわ」あなたのせいでとても怒っているのよという気持ちを込めて、語気を強くしてみせた。でも、どうやらやりすぎたようで。子どもじみた言い合いを気づかれたのか、一瞬、ターゲットと目が合ってしまった。あわててそらしたけれど、不審がられたかもしれない。ああ、ついてない。些細なミスが命取りになることもあるのに。それもこれも、と彼のせいにしたかったけど、これ以上子供じみた真似をしてはいけないと思い、ただ唇を噛んだ。「なァ、こっち向け」ふと、耳元でそっとささやかれ、彼の指がわたしの顎に触れた。軽い力が込められたのを感じ、それにしたがうと、そっぽを向いていたわたしは彼と向き合うことになった。射抜くようなまなざしが、触れられるほど近くにあっておどろいた。「ちょっと騒ぎすぎたな」「だれのせいだと思ってるの?」「おれだけど、おれじゃない」「……サボのこと、嫌いになりそう」「わかったよ、悪かったって」彼はそう言うと、まるで癇癪を起こした子供をなだめるみたいに、わたしの額に口付けた。「よそ見ばっかされて妬けたんだ」「なに、それ」「きれいだ」「……いつも通り、最高よ」「そうだな、あとはおれがやるよ」「……ごめんね」「代わりに、おれのことを見ていてほしい」真剣な表情を浮かべて口説いてくる彼がおかしくて、思わず笑った。素直に頼ったほうがよさそう。気に食わないところもあるけど、しょうがない。今は大人しく、彼の言うことを聞くしかないみたい。