ひまわり
「ほら、これやる」
船内の通路ですれ違い様に受け取ったのは、黄色の花びらがまぶしい、ひまわりの花束だった。
「あ、ありがとう」
唐突に渡された花束の意味が分からず、困惑しながらお礼を言った。すると彼はわたしの戸惑いなど気にも留めずに、さっさと行ってしまった。花束を抱えたまま、廊下に一人取り残される。彼が要件だけを伝えていなくなってしまうのはいつものことだけど、もう少し何かあってもいいんじゃないかな。そんなことを考えながら、手の中の花束を見下ろした。
✻✻✻
「あのひまわりはなんだったの?」
別の日に、ちょっと彼と顔を合わせる用事があったから、思いきって訊ねてみることにした。
「ひまわり?」
「この間くれたじゃない?」
「あぁ、あれな」
「なあに、忘れてたの?」
「忘れてねェ、思い出した」
彼はそう言って少し笑ったあと、「お前に渡したかったんだよ」と続けた。
「最近ちゃんと会ってなかっただろ」
「そうね、忙しいから」
「あんまり放っとくと、忘れられちまいそうだし」
「それはサボのほうでしょ」
「おれが忘れるかよ」
「ひまわりのこと忘れてた」
「思い出せたからいいんだ」
「……もう」
なんだかうまく言いくるめられたような気がするけど、彼の言葉は素直にうれしかった。
「まだ咲いてるのよ。ちゃんと太陽のほうを向いて」
「へェ」
「見に来る?」
わたしの言葉に、彼は目を見開いた。
「……いいのか?」
「もちろん」
「じゃあ、今夜」
手袋をはめた手が動く。わたしの顎先に触れて、それから頬を撫でて、しっとりした皮の感触が押し当てられた。
「サボ」
「お前に会いに行ってもいいか?」
声をひそめてささやいてくるものだから、思わず息を呑んだ。わたしも彼にならうように、小さな声でこたえる。
「夜じゃ、ひまわりはしぼんでるわ」
「でも咲いてるだろ?」
「……わたしも寝るの」
「一緒に寝りゃいいさ」
「サボと一緒にいたら、寝るのは朝になる」
「それでも構わねェだろ」
彼の指先が唇に触れる。軽くつまんで引っ張ってくるものだから、心臓の鼓動がせわしなくなってしまった。
「会いたいんだ」
彼の目が切なげに細められる。そんなふうに見つめられてしまえば、断ることなんてできるはずもなかった。
「……わかった」
小さくうなずけば、彼の表情がふわりと和らいでいく。そしてそのまま唇が重なった。やわらかくて、あたたかくて、気持ちよくて、つい目を閉じてしまう。すると、頬に触れていたはずの手のひらが背中にまわり、空いているもう片方の腕も動いて、わたしはあっという間に彼に抱きしめられていた。
「好きだ」
耳元で甘くささやく声が聞こえたと思ったら、また唇が重なる。そっと触れるだけのものだったけど、十分に、彼の気持ちが伝わってくるようだった。
「夜まで待たなきゃだめよ」
彼の唇の下で言う。軽やかにはずむ音を立てながら、うんと喉の奥で返事をしたのが聞こえた。
「わかってる」
「ちゃんと来てね。そうじゃなかったら、サボのこと忘れるから」
「怖ェこと言うなって」
わたしの言葉を受けて、彼が困ったように眉尻を下げる。それがおかしくて笑うと、彼もつられたみたいにしてほほえんで。
もう一度、触れるだけのキスをした。