告白される話



「好きだ」
耳に届いたのはたった三文字。
つむいだのは目の前にいる彼だけど、なぜか、やわらかな響きを持つ言葉を吐いたとは思えないほどけわしい表情をしていた。
「えっ」
「だから、好きだって言ってんだ」
「あ、うん」
ちゃんと聞こえているし、理解している。
でも、それよりも気になるところがあった。
「えっと、なにが好きなの?」
「あ?お前だよ」
「……わたし?」
「それ以外になにがあんだ」
そう言って、エースの表情がより曇っていった。眉間に刻まれたしわが深くなっていく様子を眺めながら、彼の言ったことの意味を頭の中で反すうする。
好き。エースが。わたしを好き。
理解しようとすればするほど、不思議な感覚におそわれる。いままでそんな素振り、見せたことなかったのに。いつから好きなのとか、どうして急に言おうと思ったのとか、訊きたいことはたくさんあったけれど。そんなあたりまえのことがどういうわけか、言えなくなってしまった。
「なんか……なんて言えばいいんだろう……」
「…………」
「ちょっと、わからないや」
「それはおれをふるってことか」
「え、」
「わかんねェって、なにがわかんねェんだよ」
突然エースのまわりにただよう空気ががらりと変わって、目を見張る。その空気はそびえ立つ高い壁みたいにわたしを圧迫してきて、つい手で押し返したくなった。けれど当然そこに壁なんかなくて、手のひらから伝わってくる温度でエースに触れているのだとわかる。
「おい、聞いてんのかよ」
ぐいっと肩を掴まれて、一気に距離が縮まった。圧迫感が増す。彼の胸を押してもびくともしない。
「あ、」
「おれを見ろ」
「み、見てる」
「見てねェ、ちゃんと見ろ」
「え、と、ちょっと……近い……」
「近ェと答えられねェのか」
「そうじゃない、けど……」
「けどなんだってんだ」
「そ……そんな怖い顔して、好きだって言われたことないんだもん……」
そう言うと、エースの眉間のしわがより深くなった。でも、しょうがないじゃない、怖いんだもん。エースは静かに怒るタイプだから、不気味に凪いだ海や嵐の前の静けさを彷彿とさせる凄みがある。わたしはそれを知っていて、いままさに目の前でその恐ろしい態度をとられているものだから、この場から逃げ出したい衝動に駆られてしまっている。
もちろん、実際には怒っていないだろう。彼の胸に触れているからよくわかる。
心臓が、うるさいくらいに鼓動をくり返しているのが、伝わってくるから。
「……怖くねェだろ」
「怖いよ、いつものエースじゃないみたい」
「いつもと違うって、そりゃそうだろ!告白してんだぞ!」
強い語気で発せられた言葉にハッとする。彼はいま、真剣なんだということにようやく気づく。あらためて正面から向き合うと、エースの顔は少し赤くて、怒っているような表情も迫る雰囲気も、緊張しているせいなのだと察した。
「エース」
「告白するってのは、勇気がいるんだ。腹ァくくらなきゃならねェ」
「……うん」
「……怖がらせるつもりはなかったけどよ……こっちも余裕がねェんだ……」
「うん」
「ふられるかもしんねェと思ったら、いてもたってもいらんなくて……」
肩を掴む手に力が込められた。痛いくらいだったけれどふりほどくことはしてはいけないと思って、彼の胸から手を離して、かわりに手首をぎゅっと握った。
「ごめんね、わたし……ひどいこと言ったね」
「ご、ごめんとか言うんじゃねェ!おれがふられるみてェだろ!」
「えっ、いや……ふらないけど……」
「じゃあ、うんって言え!」
「うん」
「本当だな!」
「うん」
「いいんだな!」
「うん」
「よし!」
それまでとはうってかわって、エースは満足げに笑った。つられてわたしも笑う。目の前で強く感じていた圧迫する壁も崩れ去って、いつもの彼らしいほがらかな空気が肌に触れる。
なんだか素直でかわいらしい。なんて思っていると肩を掴む手の力が抜けて、今度は勢いよく抱きしめられた。
「やべェ……すげェうれしい……」
さっきから衝撃をうけておどろいてばかり。わっ、と短い声をもらしたけれど、かき消すように耳元でささやかれた。少しうわずった声がくすぐったくて身をよじると「逃さねェ」、と言ってさらに強く抱きしめられる。あまりにも力強くて息苦しいのはずなに、身体になじむ心地よさがあった。
「もう絶対離さねェ」
「うん」
「お前も離れんなよ、おれのもんだからな」
「うん」
そう返事をして、なんとか広い背中に腕をまわした。彼の身体が一瞬こわばったけれど、すぐに緩んでいった。身を委ねてくれた感覚がうれしくて、また笑う。
「好きだ」
「うん」
「すげェ、好き」
「ありがとう」
エースの声がやさしく響いて、鼓膜に染み込んでいく。いままでたくさん聞いてきたはずなのに、真新しい、特別なものを得た気分になった。
もしかしてこれってとても素晴らしいことなんじゃないかと、しあわせとか幸福とかそういったものなのではないかとさとりかけたけれど、まだ肝心なことを彼に伝えていないことに気づいた。
ひとつ、大きく息を吸って吐く。
たしかに、告白って勇気がいる。
「わたしも好きだよ」

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