嫉妬する話



唇をぎゅっと引き結んで、ズボンのポケットに手を入れて、壁にもたれて立つエース。
どうしたの?と訊いてもなにも答えなくて、ただ黙ってわたしを見つめてくる。
「なあに」
「……なんでもねェ」
「それなのに、そんな顔してるの?」
「どんな顔だよ」
「さみしそうな顔」
眉間にしわを寄せて、けわしい表情をした彼の頬をそっとつまんだ。指先でぐいと押すと、「やめろ」とわたしの手をはらいのけて、そっぽを向いてしまった。
「今日はご機嫌ななめだね」
「うるせェ」
「なにかあった?」
そう訊けば、あからさまに嫌な顔をする。むくれて、唇をとがらせているのがかわいらしい。かわいいなんて言ったらもっとへそを曲げてしまうだろうから言わないけど。
「ねえ、なんで拗ねてるのか教えてくれたら、エースの言うこと聞くよ」
わたしが聞けるだけ。
そう言うと、ちらりとこちらを見たあとにまた視線をそらす。
「……お前って男なら誰でもいいのか」
「ええ?いきなりなんの話?」
「いろんな奴らと一緒にいるじゃねェか」
「それはみんな友達だから……」
「向こうはそう思っちゃいねェよ」
エースの言葉の意味がわからずに首を傾げると、彼が小さくため息を吐く。それから、自分の前髪をくしゃくしゃとかいた。
「さっきだってマルコと話し込んでたし、他の連中とも楽しそうにしてただろ」
ああ、そういうことか。やっと理解できたと同時に、胸の奥が熱くなる。
ようするに、やきもちを妬いているということで。でも、素直に言うのは癪だから、こういう言い方になったのだろう。
不器用なところが、本当にかわいらしい。
ふつふつと湧き上がるうれしさが抑えきれなくて笑ってしまうと、それに気づいたエースがこちらを見てくる。
「なに笑ってんだ」
「エースってわたしのこと、よく見てるんだなぁと思って」
「……別にそんなんじゃねェ」
「うれしいよ、とっても」
ふふ、と声を出して笑うと、エースの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「おれは、お前のそういうとこ、好きじゃねェ」
あ、嫌いとは言わないんだ。
ささいなことだけど、とても大事なこと。こういった、彼自身も気づいていないようなやさしさに、わたしはいつもこっそり感動してはよろこんでいる。
「わたしはエースが好きだよ」
そう返すとますます照れたようで、今度は耳まで真っ赤になった。このままいったら、全身が発火してしまうのではないか。
いとおしくて、いとおしくて、しょうがない。
素直じゃないのに、それでも素直なところが、どうしてこんなにもかわいいと思えるのか。
その不思議な感覚を楽しんでいたら、目の前の彼が動いた。
あっという間に壁際に追い込まれて、気づけば両手首をそれぞれの手で掴まれて、身動きがとれなくなってしまった。
「おれのほうがもっと好きだけどな」
低い声でささやかれて、大きく心臓が拍動した。
実を言うと彼が動いたとき、離れていってしまうと思った。わたしがあんまりにも笑うから呆れたのだと。ちょっといじわるなことをした自覚があったし、エースははぐらかす態度が嫌いだから。
傷つけてしまったのではないかと思えば、急に真剣に口説くからおどろいた。
「……ずるいなぁ」
「なにが」
「わかってるくせに」
「わかんねェ」
「かっこいいって思ったの」
「へェ……」
「あ、信じてない」
「悪ィが、その手には乗らねェ。ほかの奴らと一緒にされんのはごめんだ」
「もう……エースだけだよ」
「じゃあ、証明してみろ」
なぜか胸を張って、堂々としながら言うエース。
まったく欲しがりなんだから、と心の中でだけため息を吐いて、少し背伸びをして自分より高いところにある彼の唇に、触れるだけのキスをした。
きちんと届かないことがもどかしかったけれど、彼の手によって身動きを制限されているから、これが限界だった。
エースの態度は変わらない。表情も。不満げで、物足りないと訴えているようだった。
「……これだけか?」
「だめ……?」
「だめじゃねェけど、足りねェ」
「でも……じゃあ、どうしたらいい?」
「考えろ」
「おねがい、おしえて?」
「……こうすりゃいい」
手首を掴んでいた手が離れ、ぐいっと身体を引き寄せられて、まばたきをする間もなく唇をふさがれた。
下唇を舐められて、上唇は甘く食まれる。ついばむようなキスが、だんだんとくっついている時間が長くなって、息つぎをしようと口を開けるとするりと舌が入ってきた。呼吸が奪われるような感覚。舌が絡むときに上顎の裏をくすぐられると身体中の力が抜けていく気がして、頭がぼうっとしてきて、立っているだけで精一杯になった。
長いキスのあと、ようやく解放されて、大きく息を吸う。
「……こういうときは鼻で息しろっていつも言ってんのに」
「そんな余裕なかったもん……」
はあ、と熱くなった息をもらすと、彼の手が頬に触れてきた。やさしく撫でられるとくすぐったい。そのまま親指がゆっくりと下におりていって、顎先に触れた。
「まだ足りねェんだけど」
熱を帯びた瞳に見つめられて、心臓がせわしなく揺れる。
うん、とかすれた声で答えると、ふたたび唇が重なる。
引いていったはずの頭がぼんやりする感覚は、やっぱりわたしの身体の力を抜くもので、また少しして解放された頃にはすっかり腰が砕けてしまっていた。
「大丈夫か?」
寄りかかってくるわたしを、エースは心配そうな顔をしながら支えてくれた。「へいき」と言って笑って見せる。
「なァ……そうやってへらへらすっから、男が寄ってくるんじゃねェか?」
「それじゃあ、エースに笑ってあげられないよ」
「おれだけにしろ」
「えー、むずかしい」
「むずかしくねェ、やめろ。で、おれだけにしろ」
「もう、わがままなんだから」
ぎゅっと彼に抱きつくと、背中に腕が回った。
無茶なことばかり要求してくるのに、その手つきのやさしさはきっとほかのだれよりも勝っていることを、エースは知らないだろう。
「おれだけ、見てろ」
言われなくたって、ずっと見てるよ。

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