君に吠える
エースがわたしに噛みつくときは犬みたいだ。
キャンキャンと甲高い声で鳴く、小さいけど気が強くて凶暴な感じの。
実際は犬でもないし、声なんて高くないし、歯も立ててこないし、まったく小さくないけど。
わーっと勢いよく言葉を浴びせてくるときにそう思う。
どこにいた。なにしてた。だれといた。だれと帰ってきた。
お前にはおれがいるのに、放ったらかしにして。会ってもこんなに素っ気ない。
まぁ次から次へ、と感心してしまうくらい言葉を投げつけてくる。
中身はほとんど嫉妬。かわいいやきもち。それからわがまま。
今日もそう。わたしが思いついたままふらっと出かけたことが気に食わなかったらしい。
どうしていつもいつもそうやって!と不満の雨あられ、大洪水がごうごうと音を立てて襲いかかってくる。
「おい!聞いてんのか!」
「聞いてる」
「無視すんじゃねェ!おれを見ろ!」
「見てるって」
「じゃあなんで目ェ合わせようとしねェんだ!」
と、また吠える。
そんなことないのに。ちゃんと見つめ合って話してる。ただあまりにもエースが必死だから口をはさむすき間がないし、はさんだらはさんだで言い訳するなとぴしゃりと怒られてしまうのを知っているだけ。なんと言ったって、エースとの付き合いはそこそこ長い。この癇癪具合からして、まだ黙って聞いていたほうがよさそう。
けれどエースがすぐ怒ったり、大きな声を出して自己主張したりするところは、結構好きだったりする。
とてもまっすぐで素直だと思うし、感情をあらわにしてくれるのは信頼されている証でもある、とわたしは思っている。
わたしは自分でもあまり感情的になることはないし、そういうところがよくわからないと彼にも何度も言われていて、せめて好きな人の前では直さなければと思っているけどなかなかうまくいっていない。
だからだろうか、ときどきエースがうらやましくなる。みっともなくたって、なんだって、思ったことを口にできる自由さはなにものにも代えがたいものだ。
「お前さァ……」
「うん?」
「ほんとにおれのこと好きなのか?」
「当たり前じゃない」
「じゃあなんで放ったらかしにすんだよ」
「放ったらかしてない」
「おれが寝てる間にどっか行きやがって」
「散歩のついでに本屋さんに行って、おやつ買って、帰ってきただけ」
「起こせばいいだろ」
「一応起こしたけど、エースよく寝てたから」
「おれが悪いってのか」
「大した用事でもないし、邪魔したくなかっただけ」
それだけだよ、と素直に気持ちを伝える。エースは少しだまり込んだあと、いらだったように舌打ちをし、それからソファに座っているわたしの前にしゃがみ、じっとこちらを見つめてきた。
「もてあそんでんじゃねェだろうな」
「まさか!そんなことするわけない」
そう言ったけれど、エースはふてくされたような表情を浮かべ、あぐらをかいて背中を丸めて頬杖をついたまま。
ごめんねとあやまるも、唇をとがらせて鼻を鳴らすばかり。
「無視すんな」
それまでとちがい、勢いはないけれど、切実に訴えるつぶやきだった。
むくれる様子は子どもじみていて、しかも機嫌をそこねている原因もとてもかわいらしいものだから、八つ当たりをされたいらだちよりもいとおしさが込み上げてきてつい笑ってしまいそうになった。
でも、我慢。ここで笑うとさらに機嫌が悪くなることは目に見えている。以前似たようなことで彼が怒り、うっかり、エースだって連絡もしないで遠くに遊びに行くじゃないと言い返してしまい、何日も口をきいてくれなくなってしまったことがあった。
また同じようなことになっては彼に悪いし、わたしもさみしいからなんとかこらえつつ、どうしようか考える。もてあそんでるなんて言われたら、さすがのわたしだってちょっと腑に落ちない。ちゃんとエースのことは大好きだし、だから一緒にいるんだし。
いまはちょうどわたしのほうが目線が高い。彼のつやのある黒いくせっ毛に手を伸ばす。指先に毛先を絡めるように撫でると、最初ははらいのけられたけど、かまわず撫ででいるとやがてされるがままになった。
ほら、こういうところが素直でかわいい。
つづけて前髪をかき分けておでこに唇をくっつけると、わずかに身体が揺れたけれど大人しくしていた。
「……こんなんでごまかされねェぞ」
「ごめんね、エース」
「許さねェ」
「わたし、だめなところたくさんあるの」
「言われなくても知ってる」
「うん、いつもエースを怒らせてばかりだし、本当にだめだよね」
「…………」
「でもゆるして、ね?」
そう言いながら頬や鼻先にキスを落とす。
エースは眉間にしわを寄せ、変わらず大人しいままだったけれど、やがてしぶしぶといった様子で小さくうなずいた。
「……もう二度とするな」
「うん、約束する」
「絶対だぞ」
「わかった」
ありがとう、エース。
よしよしと彼の頭をいたわるように撫でながら言う。そうすると、ようやくエースは満足気に目を細めた。
わたしもやっと安心することができて、ぎゅってする?と訊ねると、おずおずと身を寄せてくれた。
大きくて、厚みがあって、しっかりした体つきの背中を撫で、そっと抱きしめる。
胸のあたりにある彼のつむじにキスをして頬ずりすると、くすぐってェと文句が飛んでくる。
「エース、かわいい」
「うるせェ」
「大好き」
「どうだかな」
「愛してるよ」
「……ばーか」
「ふふ、照れてる」
「照れてねェ」
「仲直りのちゅーする?」
「調子のんな」
なんて素気なく言ってみせるくせに、エースはわたしから離れようとはしなかった。
そういうところが、わたしは大好きなんだ。