わからない話
お前ってだれにでもそうなのか?
部屋の持ち主を差し置いて、ベッドに身体を預けきって目を閉じるわたしに、エースはそう言った。
「そうって?」
「そーやって、無防備なのか?」
「わたしって無防備なの?」
「無防備だろ。おれの前で寝てるし」
「起きてるよ」
「眠そうな顔してるけどな」
「眠いよ」
そう言うと、どっちだよとエースが笑った気配がした。目を閉じたままだからわからないけれど、たぶん、彼はほほえんでいる。半分はわたしに呆れているのも含んでいる、そんな顔で。
「おれが変なことしたらどうすんだ」
「変なことって?」
「……キスしたりとか」
「それって変なことなの?」
そう言うと、エースは押し黙ってしまった。どうやって答えればいいのかわからない、と戸惑っているのがわかる。
「したければ、してもいいよ」
今度ははっきりとおどろいたような気配があった。息を呑んで、それから、「マジかよ……」と一言。
「お前……そういうこと言ってると、本当にされるぞ」
「エースなら、いいよ」
「だから、やめろって」
「どうして?あいさつみたいなものじゃない」
「おれにはそういうふうに聞こえねェよ」
深いため息を吐く音が聞こえた。それからベッドが軋んで、身体が沈んだ。
「お前がわからねェ」
隣に座ってきた彼の、独り言のようなつぶやきが耳に触れる。
「本気じゃねェんだろ」
「どうだと思う?」
「もてあそんでんのか、ただの気まぐれとか」
「気まぐれねぇ……」
「だとしたら、お前は相当ひでェ奴だ」
「どうして?」
「期待させるだけだから」
「思わせぶりって傷つくもんね」
「どうせ、お前もそうだろ」
「そんなことしない」
目を開けて、寝返りを打つ。身体の前で、一度は折りたたんだ腕を伸ばし、わたしなんかとは比べものにならないしっかりした腕を掴む。ぎゅっと力強く。皮膚がたわむこともなく、痛がるそぶりなんて見せなくて、全くびくともしない。視線を上げると彼と目が合った。
「なんだよ」
「ちょっと、ムカついた」
「はァ?」
「わたしはひどい奴じゃないもん」
掴んだ腕の、ゆるい曲線に合わせて手を滑らせる。手首の内側、血管の通っている場所を指先でなぞると、彼の大きな手のひらが身じろいで遠のいた。すかさず掴んで引き寄せる。
「おい、」
「エースの手、あったかい」
反射的に引っ込めようともがく手に、自分の顔を押し付けた。頬を寄せて、また目を閉じると、まぶたに指先のあたたかさがひしひしと伝わってきた。
「なんなんだ、お前」
「なんだろう」
「なんだろうって、なァ」
「エースにはどう見える?」
「知るかよ」
「ひどい奴に見える?」
そう訊けば、また深く息を吐く音がした。わたしは手を離して、エースの手を自由にする。それまで触れていた体温がなくなって、指先はあっという間に薄ら寒くなった。けれど、顔はまだあたたかい。
「わかんねェ」
まぶたをひとつ、そっと撫でて。
それから唇になにかがぶつかった。
あったかい。
一呼吸おいて離れてから、もう一度触れて、上唇のふちを吐息がなぞっていった。
目を開ける。薄暗い。鼻先が触れる距離にエースの顔があって、そばかすの散った頬がほんのり赤くなっていた。
「エース」
「言っただろ、本当にされるぞって」
「うん、わたしもいいって言った」
「じゃあ、なんでそんなおろどいてんだ」
「やっぱりするんだと思って」
「自分で誘っておいてよく言うぜ」
ほんと、お前ってわかんねェ。そう、エースはつぶやいて、喉の奥で笑った。