あらしのよるに
今日は風が強い。
窓枠や天井、床。船体を軋ませるほどの風が吹いている。
角灯をつけていたけれど、その明かりはかなり前に消えた。夜の深みに沈んだ部屋で眠りに落ちるためではなく、みしみしと揺れる細かな振動がいたるところに伝わってきて、吹き消す前にどこかへ姿をくらましてしまったのだった。
わたしはエースと、彼の部屋のベッドで、向かい合って寝転がっていた。お互いにまだ眠気はやってきていなかった。いくらでも起きていられるくらいなのに、真っ暗なことが退屈でしょうがなかった。
「眠れないね」
「そうだな」
部屋の中の様子に合わせてそっとつぶやくと、消え入りそうな声ですぐに返事があった。暗闇に慣れてきた目で、エースの顔をとらえようとする。輪郭はわかる。声色でなんとなく表情も想像できる。この状況をたのしんでいるみたい。わたしはこっそりほほえんだ。
「……こういう夜は、子どものころを思い出すの」
「子どものころ?」
「そう。こんなふうに嵐の夜にね、こわくてなかなか眠れなくて、いつもお父さんの部屋に行って一緒に寝てもらってた」
「……おれも、こういう夜は弟と寝てた」
「エースも?」
「寝てたっつーか、いつの間にか弟が隣にいてよ」
「ふふ、かわいい」
「寝苦しくてしょうがなかったぜ」
話をしているうちに思い出したのか、エースは小さく笑ったようだった。その気配を感じながら、わたしもまた自分の幼いころのことを思い返していた。嫌なことはたくさんあったはずなのに、頭の中に浮かんでくるのはどれもたのしくて、まぶしくて、きらきら輝いている光景ばかりだった。
部屋の中に風の音が聞こえてくる。ときおり口笛みたいな高い音を鳴らして強い風が吹く。そのたびに船底がぎしりと軋む。歯を食いしばり、痛みに耐えて漏れたうめき声に似ていた。悪夢にうなされているような。不安を駆り立てる音。
そうだ。小さなわたしはこんな音が苦手だった。ベッドの中で、毛布をかぶって、耳を塞いで泣きながら朝を迎えたこともあった。とても怖かったはずなのに忘れてしまっているなんてと思い起こしていると、またどこかから大きな音がして身体がぐらりと傾いた。
「怖ェのか」
突然問われておどろいた。でも、気づけばわたしはエースにぴったりと寄りそっていて、息も止めてじっとしていた。大きく息を吐いたのが証拠だった。
「大丈夫だよ」
もう子どもではないし、今日の天気だってそこまでひどいものではないとわかっている。それでも、エースの指先が頬に触れたとき、一瞬だけ身体が強張ってしまった。彼に喉の奥で笑われて、そのまま頭まで撫でられた。
「こうしてりゃ安心するだろ」
包まれるようにして抱きしめられる。なだめるように軽く背中を叩かれ、それから聞こえた静かな声に、隠していた感情を言い当てられた気がした。本当に怖くないのに。なんとも思ってないのに。なんだか悔しくて、体重をかけるようにしてさらにくっつく。
「なァ、ちょっと離れろ」
「嫌だ」
「苦しい」
「わたしもあつい」
「じゃあ、離れろって」
「エースが離してよ」
「お前が先」
くすぐり合うような言い合いに、だんだん笑いが込み上げてくる。なに笑ってんだよと言うエースの声も揺れていて、それがおかしくて、自然と彼に顔を近づけた。口をふさぐつもりだったけど、触れたのは唇の端だった。へたくそ、とエースが言う。もう一度ためそうと顔を近づけると、わたしよりも先に彼が口をふさいできた。
「ん、」
「おれの勝ち」
「くすぐったい」
「嫌かよ」
「ううん、嫌じゃない」
そう言って、見えているかわからないけどかまわず笑うと、彼はふたたびわたしを抱き寄せた。てっきりこのまま愛を確かめ合うキスでもするのかと思ったら、暑苦しいほどくっついているだけだった。
本当はまだ寝たくないけど、重なり合う胸の奥から伝わってくる心音が子守唄のように心地よくて、頭の先やつま先からどんどん力が抜けていく。
まぶたも重くて、一度目を閉じてしまったら次に開けるのが億劫なほどだったけれど、「寝ろよ、おれがいる」と耳元でささやいたからすっかり安心してしまって、簡単に意識を手放してしまった。
完全な眠りに落ちる前に、また船が大きく揺れた。
さっきまで少し恐ろしかったそれも、いまはまるでゆりかごの中のようだった。
ワードパレット使用作品
29.消え入りそうな/心音/確かめ合う
Thanks 憂/@torinaxx