夜明けを待つ子どもたち
※暗い
※夢主の過去が重い
人を殺したことがある。
母の再婚相手。
金遣いと酒癖と女癖の悪い男。ただのクソ野郎。
どうしてそんな奴と再婚したのかはわからない。実の父はわたしが生まれる前に事故で死んで、物心ついたときから父親のいない生活をしていたから、別にいないままでもよかったのに。母がその男をいいって言うなら我慢してたと思うけど、その母もすぐに後悔してた。信じてたのにってよく泣いてて、だから問い詰めることはできなくて、ママは悪くないってなぐさめるのがわたしの役目だった。実際クソ野郎が悪いしね。
そいつはよく母を殴ってた。わたしも殴られた。口癖は金を出せ。無職だったから。社会不適合者すぎてすぐ首になるの。そのたびに母は泣きながら謝っていて、お金を渡してた。わたしは黙ってたけど、心の中じゃそいつを罵ってた。とにかくくやしかったから。
ある日、夜中に母が死にかけたの。叫び声と物音を聞いて飛び起きて、キッチンに行ったら母が倒れてた。クソ野郎は母を見下ろして立ってて、手が真っ赤になってた。
わたしは母が死んだと思った。大好きなママが殺されたって。だから殺した。包丁で刺した。何度も。クソ野郎は酔ってたみたいで、ろくに抵抗してこなかったと思う。実はそのときやったことはあまり覚えてないの。気がついたら、今度はわたしが血まみれで立ってた。それだけ。
母は体が冷たくなってたけど生きてた。病院に連れて行って処置をしてもらってたら、保安官が来た。何人か部下を連れて。わたしは事情を話したよ。ママが殺されたと思った。やらなきゃ次はわたしの番だ。自分を守るために必死だった。
でも、保安官たちは困った顔をしていた。それは殺人だ。正当防衛でもない。わたしは悪いのはあのクズだって言ったんだけど、あまりよくわかってもらえなかった。そこでもくやしくて、我慢できなくて待合室で泣いた。さみしかったの。
わたしは罪に問われなかった。十歳で未成年だったし、処置が終わったあと母が必死に頼み込んだから事故として処理された。なんだかんだ言って、周りの大人たちもクソ野郎を殺されて当然の奴だと思ってたし。
でもね、人を殺した事実は変わらない。わたしのしたことはあっという間に町の全員が知って、そこからが本当の地獄だった。
みんながわたしを避けた。友達もいなくなって、誰も近寄らなくなった。犬とか猫なんかまでもよ。
大人はどこか怯えた冷たい目を向けてきて、子どもからは石を投げられた。石って固いから痛いんだよね。毎日蹴られたりもしたし、悪口も言われたし、唾をかけられたり、服を脱がされたりもして……まぁ、いろんな目にあった。
そういう生活が続いた中で、母はクソ野郎につけられた傷の治りが悪いせいで死んだ。わたしとおなじように嫌がらせを受けていて、弱った身体じゃ耐えきれなかった。しょうがないの。それまでずっとずっと、我慢してたから。
母はがんばった。いまでも尊敬してるし、愛してる。
最高のママよ。
「それからまたいろいろあって……本当にいろいろあって、いまに至るってわけ」
「急に雑になったな」
「全部話したら夜が明ける」
ひとり用のベッドに無理矢理もぐり込んできた彼に聞かせた話は、わたしの過去のほんの一部。わたしが育った田舎町の話。母の思い出。
いつのころだったか交わした、いつかの約束。秘密を共有したいと彼が言ってきた。わたしは胸の内をさらしたくなくて断ったけれど、何度かに分けて彼が自身の昔話を聞かせるようになってから、心境が変わった。記憶を失くしているだけでもつらいのに、その記憶を呼び覚ますきっかけが兄弟の死の報せだったなんて。簡単に他人に話せることではないし、彼の話すことはわたしひとりで抱えるには重たすぎることだった。戸惑いがぐるぐると胸の中をうず巻いて苦しんでいたら、お前の秘密も教えてくれと言われてしまった。逃げ場がなくなった。
だから、教えた。あとになってちょっと仕向けられたような気がして釈然としなかったし。
仮眠をとるとき毎度わたしのベッドに入る彼に、こんな寝つきの悪くなる話を聞かせるのは申し訳なく思う気持ちもあるけれど、知りたいと言っていたから。まぁ、お互い様だ。
「お前の話、聞けてよかった」
彼の手が伸びてくる。指先が頬に触れて、頬骨をなぞるように撫でられる。
「この世界じゃよくある話よ」
「そうだとしてもだ。ありがとな」
「どういたしまして」
「当然だが、話さないでおく」
「え?」
「おれとお前の秘密だ、誰にも言わねェ」
「いいの、忘れて。わたしも忘れたいから」
「忘れねェよ、覚えておく」
「もう……バカね」
呆れながらも、どこか安心している自分がいた。わたしがしたことは絶対に知られたくないことだったから。知られたら嫌われる。気味が悪いと思われる。恐怖と軽蔑の入り混じった目で見られるあの感覚は、もう味わいたくなかった。だからずっと黙っていようと思っていたのに。
「どうしてだろう」
「なにが?」
「こんな話しちゃったの」
「おれが特別だからじゃねェのか?」
「それは……どうかな」
「おい」
「ふふ、怒らないでよ」
「いまのは傷ついたぞ」
毛布の中でもぞもぞと腕が動いて、しっかりと抱きしめられる。首筋に彼のゆるやかな癖のある金色の髪が、それから静かな息遣いが触れてくすぐったい。身をよじると、動くのは許さないとばかりに強く押さえつけられ、体重までかけてくるから困ってしまった。
「くるしい」
「逃げるなよ」
「逃げないよ、サボ、力強いし」
「謝るまで許さねェ」
「ごめんね」
「しょうがねェな」
ゆっくりと、腕の力が抜けていく。視線をやると、すぐそばで彼の目とかち合う。いつもなら見上げなければならないのに、こんなにも間近にあるのは不思議な感覚がする。
しばらく見つめ合っていて、先に口を開いたのは彼だった。
「好きだ」
「なにが?」
「お前がどんな奴でも、嫌いになったりしねェ」
「……人殺しなのに?」
「おれだって同じだ、兄弟を助けられなかった」
「……後悔ばかりあって、嫌ね」
「本当にな」
寄り添うことでできた繭のような空間でささやき合う。わたしも彼も身体は大人なのに、やっていることは暗闇をこわがる子どもみたいで、見せかけだけの不完全な生き物なのだと知る。
「早く誰も苦しまない世界がくればいいのに」
「それをおれたちで作るんだよ」
すがりついたわたしにそう言った彼の声は、とてもやさしかった。彼の腕はわたし自身を、彼の口からこぼれる言葉は耳と身体の内側をそっと包む。そわそわと落ち着かない心が静かになっていく。途方もない壮大な夢も、彼が口にするとその通りになる気がする。目を閉じればまぶたの裏に、明るい未来の景色が見える。
やがて来る確かな想像に安堵して頬をほころばせると、なんだよ急に笑って、と彼が訊く。わたしはなんでもないと応えて、彼の広い背中に腕を回してゆっくりとさすった。
このぬくもりが離れるまで、まだ少し時間がある。
時間がきたら、ひとりで立って、それぞれの仕事をしなければならない。
だからそれまで、足りないものを埋め合わせる。
ここでは子どもになっても咎められない。
不完全でも許される。
それはなにより、わたしたちに必要だった。
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5.話さないで/いつかの約束/特別
Thanks 憂/@torinaxx