コンペイトウ
※現パロ
ちょっとだけ。
そう言うけれど、エースのちょっとは、ちょっとでは済まない。
わたしが食べていたアイスを半分以上すくって持っていってしまったり、わたしが飲んでいたコーヒー牛乳を一気に飲み干してしまったり、この間ピザを食べていたときなんか耳しか残らなかった。
そして、そのちょっとだけというのは食べ物だけではない。
ちょっとそばにいたいとか、ちょっと抱きしめたいとか、ちょっとキスしたいとか。
そういうときも、本当に、ちょっとでは済まない。
「ん……」
「……おい、声出すな……」
「ん、ふふ……なんで……?」
「止まらなくなるだろ」
そんなふうに文句をつけながら、エースは熱心にわたしに口づけていた。もう何度目かもわからないくらいなのに、飽きる気配もない。唇が触れるたびに胸の奥から湧き上がるよろこびに、うっとりと目を閉じる。下唇を舐められるのも、甘く噛まれるのも、やわく吸われるのも、とても心地がいい。エースの手はわたしの後頭部を支えていて、もう片方は腰を抱いていた。ときどき、じゃれつくように背中や脇腹を撫でられ、それがどうしようもなくたのしくて、笑ってしまうのだった。
「こっち見ろ」
ちゅう、と唇が音を立てて離れたあと、吐息のかかる距離でささやかれる。目を開けて視線を合わせると、エースはぎこちない薄い笑みを見せ、頬にかかる髪を耳にかけてくれた。そのまま首筋に指先が滑っていく。皮膚の下で脈打つその場所をなぞられると、本能的なものなのか、落ち着かない気分になってくる。首の後ろに手のひらがあてがわれ、出っ張った骨をなぞられると、うなじにぴりぴりとかすかにしびれが走った。
「……ちょっと、やべェな……」
「なにが?」
「……もっとしてェ」
そう言って、また顔を近づけてくる。鼻先が触れ、上唇の先を包まれた。
わたしは彼の下唇をそっと食む。体温が高いから熱くて、それから分厚くて、弾力がある。
「なァ」
「ん?」
「お前の口ってやわらかいよな」
「ん……そう?……わかんないや……」
「だから止まらなくなんのか」
「ふーん……わたしの口はエース好みってわけね」
「やめろ、煽るな」
「煽ってないよ」
「無自覚が一番よくねェんだぞ」
エースは眉間にしわを寄せ、怒っているような顔をする。それを言うなら自分だって似たようなことを口にしたばかりなのに。なんて思いはしたけれど、口を尖らせる様子がなんだかかわいらしく思えて、もう一度、こっちから顔を寄せてキスをした。軽く触れ合うだけにしたのに、舌先でぺろりと舐められた。思わず肩を押す。けれどわたしの手は簡単に絡めとられてしまい、強く握りしめられた。指の間の薄い皮膚に感じる体温がいつも以上に熱を持っていて、関節や水かきのなごりのところを撫でられるとくすぐったくて、反射的に口を閉じた。すぐに、歯列を割るように舌が滑り込み、口内を探られた。逃げ道をなくした舌は、簡単に絡めとられて、彼とともに情熱的に踊る。熱気や、汗すら感じるほど、深い交わり。けれど離れるときの、唇の端に軽く吸いつく様は、初々しさがあった。
「……いいの?舌入れて……」
「うるせェ、ちょっとだけだ」
ということは、ちょっとでは済まない。逃げ場などどこにもないのだと改めて感じるまでもなく、またすぐに唇が深く重なった。慣れた様子で舌が滑り込んできて、わたしの舌を捕まえようとやってくる。かわすと追いかけられ、身体まで押しつけて、世界で一番距離の短いおにごっこがはじまる。夢中になるしかなかった。
しばらく受け入れていたけれど、やがて息苦しさに耐えきれなくなり、震える腕にどうにか力を込めてたくましい胸板を押す。エースはゆっくりと唇を離した。一度深くため息をついてわたしを抱き寄せ、すくように髪を撫でられた。
「くそ……つれェ……」
心の底から悔しがっているようで、うーとかあーとか普段なら聞かないしつこさでうめく。わたしは彼の背中に腕を回して、そっと撫でた。
「明日、早起きしなきゃいけないんだよね」
「……あァ、」
「じゃあ……そろそろ寝ないとね」
「わかってる」
「……寝たくない?」
「寝たくねェってか……寝れる気がしねェ……」
「そっか」
広い背中をあやすように叩きながら、しっかりした肩のくぼみに頭をあずけた。たしかにこのまま寝ることはできないだろう。わたしだっておなじ気持ちだった。夜の真ん中に覚醒した頭を鎮めるのは容易ではない。
「あのね」
「ん」
「わたしもね」
「おう」
「ほんとはもっとしたいけど、我慢する」
「……は?」
「でも、一緒にいるときはいつでもしてもいいよ」
「……お前……卑怯だぞ、それ」
「ええ?」
「かわいいこと言ってんじゃねェ」
「かわいいかなぁ」
「今、寝るって決めてたのに、台無しにしやがって」
「じゃあ、聞かなかったことにして」
「できるかよ」
「なにそれ」
頭を近づけて、小さく笑いながらささやき合うのは、幼い子どものやり取りのようで好きだった。体温が移るのも、前髪が混ざるのも、声を出すと頭の中に反響するのも、ほかのどんな触れ合いでも感じられない特別な感覚が味わえた。
間近で見つめ合うと、エースの眼差しはろうそくの火の先みたいに揺れてわずかに潤んでいるようだった。もしかしたらわたしも、似たような顔をしているかもしれない。
「……好きだ」
「わたしも」
「おれのほうが好きだ」
「そうね、そうかも」
ふふ、とほほ笑むと、だからもうちょっとだけ、とエースは言って唇を重ねてきた。深いものじゃなかった。ちゅうと音を立てて離れて、鼻先をすり合わせてから、もう一度。触れるだけのやさしいキスをして、彼はそっと頬を緩めてそれを最後にした。
「……寝る」
「そう。じゃあ、また今度ね」
「あー……くそ、マジでつれェ……」
大きなため息をつき、気の毒に思えるほど肩を落としながらエースは立ち上がった。
わたしはというとすっかり眠くなってしまっていて、ふわーと思いがけず赤ちゃんみたいな声を出しながらあくびをした。
「……ったく、お前は」
「んー?」
「なんでもねェよ……おやすみ」
そう言ってふてくされながら離れる彼を横目に、わたしは素早くベッドの上に寝転がって、毛布にくるまりながら手を振る。
「おやすみ、エース」
「……おう」
「明日、ちゃんと起きるんだよ」
「わかってらァ」
気をつけて行ってきてね。
おそらくわたしは、明日の朝は起きられないだろうから、先に言っておく。エースはそれに対して返事をしなかったけれど、ドアの向こうに消える直前、ふり返ったような気配があった。わたしはもう目を閉じていた。やわらかく、さらさらした毛足の毛布まで顔にかけていた。こうでもしないと、いつまで経ったって眠れないと思ったから。彼が我慢をしているなら、わたしも我慢をしないと。
エースは、「おやすみ」という言葉を残して、電気を消す音と一緒に扉を閉めた。
それからすぐに夢の中へと走る。
背中に感じる薄ら寒さには、知らないふりを決め込んだ。