明瞭エモーショナル





なァ、エース!お前の子ねずみちゃんとのなれ初め教えろよ!
宴の席で酔いに酔っ払った仲間たちのうち、だれかが声高に叫んだ。
なんつーこと訊きやがる。つい眉をひそめ、針みたいに刺さる好奇心に満ちた視線を無視してしまった。それを照れかなんかと勘違いしたのか、近くにいた暑苦しい奴らが、赤らんだ顔をにやけさせながら寄ってきたり、肩を組んだりしてきてしまったと後悔したが、ときすでに遅し。
「うるせーぞ、お前ら!」
声を上げ、肩にまとわりつく腕をふり解くが、酔っ払って調子に乗った奴らにはまったく効かない。
いいじゃねェか!
ずっと前から気になってたんだよ。
あんなにかわいい子、どこで引っかけてきたんだ?
隊長、おれらも知りてェっす!
酒臭い息を吐きながら迫ってくる仲間や部下たちにうんざりしながら、ため息をつく。
だれが言うか、バカ野郎。
そもそも、なれ初めってなんだよ。おれはべつに、あいつと付き合ったりなんざしてねェ。
いら立ちと冷やかされたことによる恥ずかしさと、そういえばあいつとおれの関係ってなんなんだっていう疑問を洗い流すようにひたすら酒を飲み下した。そうしていたら騒ぎ続ける仲間たちに、遠巻きに見ていたマルコとサッチまでが加わってきて、「おもしれェ話してんじゃねェか」「おれらも混ぜろよ」なんて、にやにやしながら言ってくるもんだから、いよいよ逃げ場がなくなった。
結局、それから夜通し飲めや歌えの大騒ぎで、宴のあとには死屍累々の有り様だった。

ナマエのことを、周りは彼女だとか火拳の女だとか言うけど、おれとしてはそんな感覚はまったくない。かなり、違うと思っている。
はじめて出会ったとき、おれたちはただの友達だった。なんか知らないけどうまが合うというか、しっくりきた。それから時間が経って、今は、前より変わった付き合いのある友達。たぶん。彼女とかなんとか言われるより、そっちの方が断然うれしい。いや、でも、友達だったらキスしたいと思わないし、服を脱いでくっつきたいとも思わないか。というか、キスしたな。うん。朝もした。手も繋いで歩くし、一緒に寝るし、裸にもなったりするな。それなら彼女か?ナマエは、おれのなんなんだ?恋人?いや、でも、なんか違う気がする。
ただ、あいつが隣にいないと妙にそわそわするし、一緒に旅をしてることを悪いとは思っていないし、ナマエといるときの自分が嫌いじゃない。
自然でいられる。居心地がいい。窮屈じゃないから、気に入っている。
どんな出会い方をしたのかとか、なんで好きになったのかとかそんなことより、今をどう過ごせるかがずっと重要な気がする。
「でも、わかんねェのも困るんだよなァ」
「なにが?」
独り言が口に出ていたらしく、隣にいるナマエがぱっと顔を上げて視線を寄越す。なんでもないと言って首をふればそれ以上追求されることもなく、遠慮なくおれの膝に足を乗せてくつろぐ。
開けっ放しのドアから、涼しい風が入ってくる。いつもは埃っぽく物であふれた倉庫の中も今はがらんとしていて、外で仲間たちが騒いでいる声がよく聞こえた。昨日飲んで騒いだせいで備蓄が減りに減ったから、どうやって取り戻そうか話をしているらしい。大きな街のある島は見当たらない、積荷を載せた船が通りかかることもない、さてどうするかと頭を突き合わせているようだった。
「なァ」
「ん?」
「足、邪魔だ」
「嫌、どかさない」
ナマエは壁によりかかって、本のページに目を落としたまま言う。今日のわたしたちの仕事はサボりよ、なんて言って、少し前に買ったという本を朝っぱらから読みふけっている。触ったら折れて取れんじゃないかってくらい細い足をおれの膝に乗せて、ときどき小さく笑ったり眉間にしわを寄せたり、静かだけど忙しそうでおかしい。
「なァ」
「うん」
「足」
「嫌」
「まだちゃんと言ってねェ」
「さっき聞いた」
「……暇なら向こう行ってこいよ」
「行かない」
「お前が行ったらあいつらみんな、よろこぶぜ?」
「どこにも行かない」
エースと一緒にいる。頑なに本を読み続けるナマエを見て、ひとつ大きなため息をついた。なんで今日はこんなにわがままで甘ったれるのか。普段はサボりなんかしないし、仕事もちゃんとこなすくせに、これと決めたことがあると途端に呆れるほど頑固になる。こういうときはなにを言ったって無駄だった。
ナマエは、どこに行っても愛される。男とか女とか小さいガキとか年寄りとか、一般人とか海賊とか、そんなのは関係ない。動物にだってすぐになつかれる。こいつが手を伸ばせば犬は尻尾をふって腹を見せながら寝っ転がるし、猫は頭を押しつけながら喉を鳴らす。なんというか、そういう星の下に生まれた特別な奴なんだと思う。愛される奴ってのは、なにもしていなくたって愛される。思えばおれの弟だってそっち側だ。ただそこにいるだけで、死ぬまで一生、愛され続ける。
真剣な顔で文字を追っているナマエの顔を、じっと見つめる。おでこが丸い。弟も丸かったけど、それよりも丸い気がする。まつ毛は長くて、伏せると影ができる。前髪がさらりと流れて、読むのに邪魔そうだ。
「……なあに」
視線に気づいたナマエが、またこっちを見た。別に、と答えるとすぐに軽くうつむく。その仕草が、なんだかとんでもなくかわいく見えた。
「……なァ」
「んー?」
「どうやってお前と出会ったんだっけか」
「……どうやってだったかな」
「覚えてねェのか?」
「どう思う?」
どきっ、と心臓がおかしな方向に揺れる。こういう試すような言い方をされると、なにかを間違えたと思って身構えてしまう。
「覚えてねェならいい」
「お店でご飯を食べてたら、たまたま隣に座ってたんだよ。エースってば食べ終わってそのまま帰ろうとしたから、お店の人が怒ってさ、お金持ってないって言うからわたしがかわりに払ったの」
いきなりたくさん話しだすから、おどろいた。というか、知ってるならさっさと答えりゃいいのに。
「全然覚えてねェ」
「ちなみにそのときのお金、まだ返してもらってないからね」
「は?…………いくらだよ」
「六万ベリー」
「ろくまん?」
「返してもらうまで、ずっとつきまとうからね」
よろしく、とナマエはにこやかに笑いながら言う。
「ずっと」
「そう、ずっと」
「六万のために」
「そうだよ」
「そんなに金が大事かよ」
「嫌な言い方。まぁ、半分本当だけど」
「もう半分は?」
「ふふ、知りたい?」
本当に今日はおかしい。甘ったれなだけじゃなく、意地が悪いときた。
もやもやとくすぶる言いようのない感情が、不完全燃焼の青い火みたいな刺々しい匂いを放つ。ナマエのおかしさに当てられたのか、なんなのかわからないけど、おもむくままに手を伸ばして、小さい頭を引き寄せてやわらかい下唇に噛みついた。目は閉じてやらない。ナマエもおれの行動がよくわからないのか目を閉じるのを忘れたみたいに、何度も瞬きをくり返した。
「だめ」
わざと音を立てて離れると、ナマエが追いかけてきた。おどろいてるくせに抵抗するでもなく、簡単に絆されるのがこいつの悪いところでもあった。小さな音を立てながらおれに唇を押しつける。それに応えるためにもう一度重ねようとしたところで、今度は思い切り押し返された。
「……なんでだよ」
「さすがに怒られるかも」
ナマエの言葉に、おれは眉をひそめる。だれにだよ、と言いかけたところで、開けっ放しのドアの前で足音がした。話し合いが終わったのか、仲間たちが数人通り過ぎていった。
「……じゃあいい」
「拗ねないでよ」
ナマエは苦笑して、おれの肩に手をかけた。
「あとで続き、してあげる」
耳元でささやかれ、ぞくぞくと鳥肌が立つ。
ナマエはおれの返事を待たずに手を取って、甲に触れるだけのキスをした。
「……あとって、いつだ」
「いつがいい?」
やけにかわいらしく訊ねる声になにも言えずにいると、わずかな沈黙に耐えきれなかったのか、ナマエは本を盾みたいに構えて顔を隠した。
丸いおでこが赤くなっている。
照れんならやるなよ、バカだな。



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