Dom/Subパロ





「Say(言って)」
「やだ」
「ねぇ」
「やだ」
「エース」
「ぜってー、いやだ」
「もう、どうして嫌がるの」
「嫌なものは嫌だからだ」
エースがわたしのおねがいを拒み続けて早数分。彼は頑として首を縦にふらないし、耳を傾ける素ぶりも見せない。胸の前で腕を組み、口をへの字に曲げて、険しい表情を見せる。
「今日はエースがSubなの」
「嫌だ、お前がやれ」
「わたしはいつも言うこと聞いてる、エースのSubだもん」
「じゃあずっとSubでいろよ」
「今日は言うこと聞いてほしい気分なの」
「おれはいつだってそうだ」
ソファの上で向き合ったまま、お互いに一歩も譲らずに続く押し問答。Switch同士だと、どうしてもこういうことがよく起こる。それはきっと第二性だけじゃなくて、わたしとエースの性格のせいでもあると思う。わたしたちはおなじくらい頑固だし、負けず嫌いだし、意地っ張り。踏み越えてはいけない境界線をわかっているから、今のところ大きな喧嘩をしたことはないけど、こうした小さなぶつかり合いはよくあること。
ちなみにわたしたちは熱しやすく冷めやすいから、謝るのも早い。小さなぶつかり合いは、定期的に起こる儀式みたいなもので、あとから笑い話の種にもなる。それがわたしたちのいいところだった。
「今だったらしてほしいこといっぱいやってあげる」
「嫌だ」
「たくさんいい子いい子してあげるし、ぎゅーってしてあげるし、ちゅーもする」
「却下」
「んー……じゃあねぇ……エースがおねがいってしてくれたら、なんでも言うこと聞く」
「だから、お前がおねがい聞けって」
「だめ?」
「だめだ」
「どうしても?」
「どうしても」
「本当に?“Baby”」
エースの肩がはねる。
彼のまとう空気が、端から凍りついていくのがわかる。コマンドを使われると、白い霜が下りて、手や足の先から自由を奪われていく感覚がする。彼はそんな感覚が苦手だから、いつだって命令する側。わたしはされる側。反対の役もできるけど、本当に、本当に、気が向いたときしかしたくないらしい。
ただ、わたしには、わかっている。今はちょっと油断していて、わずかでも誘いに乗っても構わないと無意識に感じている。だから、こうして揺らいでいる。たったひと粒の水滴でも、大きな波紋を生むみたいに。ふたりで決めた特別なコマンドだから、なおさら無視できなくて。わたしのおねがいを聞きつつある。
「お前……っ」
「“Baby”、ねぇ、ちょっとだけでいいから」
「ぐっ……嫌だ」
「あとで代わってあげるから、ね?」
ダメ押しにもうひと言。わざと声をひそめてコマンドをささやくと、エースの耳のふちが真っ赤に染まった。うらめしそうに、じろりとにらまれる。反抗的なのってあまりよくないのだけれど、わたしから見るとそれだってかわいらしい。そばかすの散った頬も赤い。すぐそばにある大きな手にそっと指先をのばし、手首の内側に触れる。ちょうど血管が薄く見える場所、わずかに早い脈拍が伝わってくる。
「……どうしてもか?」
「うん」
「……ほんとーにどうしてもか?」
「うん、おねがい。ね?」
「…………ちょっとだけだぞ」
「やった!ありがとう」
素直にお礼を伝えると、エースはやれやれといった感じで首をふり、ため息をついた。頬を赤らめながらもつくるしかめっ面には、お前がわがままを言うから仕方なく言うことを聞いてやるんだからな、というのが書いてあった。そんなに嫌なら気を許さなきゃいいのにと思いつつ、気を許してくれることが彼のやさしさなのだと知って、自然と笑みがこぼれてしまう。
「じゃあ、Come(こっちきて)」
そう言って両手を広げると、エースはゆっくりとこちらへ近づく。ソファーに敷いたカバーのさらりと擦れる音、体重がかかって沈むクッションの動きのあとに、高い体温を感じる。
わたしの腕の中にすっぽりとおさまった彼の頭をやさしく撫でると、すり、と甘えるように頬を寄せてくる。広い背中を撫でると力が抜けるのか、どんどんわたしにもたれかかってくる。
「かわいい」
「うるせェ」
「意地っ張りはだめ、 Shush(よくない)」
「……ッ」
言いかけた言葉に対して、耳元で吹き込むようにささやくと、エースは身体を強ばらせた。
「そうね、 Good boy(いい子)」
「やめろ……それ」
「だーめ、エースは Good boy(いい子)なんだよ?」
ね?と言いながら頭を撫で続けていると、彼は小さく舌打ちをして、わたしの首筋に顔を埋める。見なくても、くやしそうな表情をしているのがよくわかる。プライドの高い彼は、こうして頭を撫でたり、かわいいと言われたり、いい子(Good boy)と言われるのが好きではない。いつだって、彼が、わたしにやる。どっちつかずな第二性でなかったら、彼はきっと支配だけをしていただろう。
でも、そうでないから、とてもおもしろい。
わたしにしか見せてくれない一面があるのはうれしい。こうして寄りかかってくるのが重くてちょっと苦しいのだって、少しでも長く味わっていたいと思う。わたしの中に潜む支配欲や優越感が、満ちていく。この感覚は、彼としか抱けないし、彼にしか埋められない。それがとても、うれしい。
「ほら、もっとちゃんと言ってみて?」
「うっ……」
「エース?」
「…………もっと、」
「うん」
「……ほめ、ろ……」
「うん、そう、“Good boy”」
きちんと言えたご褒美に頬にキスをすると、唇が燃えるように熱くなった。このまま腕の中の体温が上がっていったら煙が生まれて、火でも灯ってしまうんじゃないだろうか。背中を撫で続けているとくすぐったそうに身じろぐから、癖のある髪や鼻筋が、わたしの肩や首筋に当たる。わずかな摩擦に、火花が散るまぼろしを見る。う、と低くうめいたあとに、首筋に彼の唇が触れる。広がる熱は、その場所に花が咲き開いたみたいだった。
「“Good boy”」
「ん……」
「あとはなにして欲しい?言ってごらん?」
「なにも、ねェ……」
「“say”」
「……キス、してェ」
「はい、よく言えました」
お利口さん。
そうささやいて、おでこに触れるだけのキスを落とす。エースは反射的にぎこちなくほほ笑む。けれど、すぐに困ったように眉を下げた。
「…………おい、」
「なあに?」
「違ェだろ」
「そう?キスしたじゃない」
「お前……わざとだな?」
「あら、忘れちゃった?それとも命令したほうがいい?」
エース、命令されるの嫌いでしょ?だから、してほしいことがあったらおねがいしてよ。
困る彼をなだめるみたいに、火照った頬を両手ではさみながら言うと、ゆらゆらと揺れる黒い瞳に、まっすぐに射抜かれた。
「……キス」
「うん」
「口にしろ」
「口がよかった?」
「ほかは、くすぐってェから、好きじゃねェ」
「わかった、気をつけるね」
親指でそっと頬を撫でて、尖らせた唇に吸いついた。何度かくっつけ合っているうちに、エースの首に腕を回す。
わたしの中で、みぞおちの奥の方で、なにかが切り替わる。
それが入る瞬間は、急に頭の後ろがしびれて、思考の回路の流れが少し滞る。ふわふわと落ち着かない感じ。声を聞かないと、まっすぐ歩けない感覚。
「エース」
唇を離す合間にこぼれた声は、か細くて弱々しい。
名前を呼んだ彼の目を見る。
弓なりにゆがんで、笑っていた。
「“代わるか”( Switch)?」
そうささやかれると、急に身体から力が抜けていって、意識が彼にだけ向く。
肌を焼くほど熱い体温が、手や足、全身に回って、背骨を掴む。
「ずるい……」
「もう十分たのしんだだろ?だから、おれの番」
「いじわる」
「そうじゃねェだろ、なんて言うんだ?“Say”(言え)」
「……いっぱいちゅーして」
「上出来」
“いい子だ”( Good girl)とエースは満足気にほほ笑んで、ゆっくりと唇を重ねてきた。
はじめはただくっつけるだけ。離れるときに小さく音が鳴る。くり返していくと、“Kiss”( お前からしろ)と甘くとろけるような声でそっとささやかれる。彼の熱くてしっとりした下唇を食み、引っ張る。離すとそれまでより湿った音が鳴った。
鳥肌が立つ。期待に胸が弾んで、勝手に足がそわそわと動き出そうとする。身体の内側が完全に塗り替えられて、渇く。次の言葉が欲しい。そう思っている間ずっと、しっとりしたキスを与えられていた。
「ぁ……」
何度も、角度を変えて重ねていた唇を離されたとき、つうと透明な糸が引いた。
すっかり息が上がってしまっていた。呼吸を整えていると不意に胸を押され、視界いっぱいにエースが見える。
「あ……ちょっと、まって……」
「待たねェ」
「エース」
「おれの番だって言っただろ」
ソファーに押し倒され、上から降ってくる声に、全身がビリビリとしびれる。ひるむほどではないけれど気圧されて、息を呑む。
「う、ん……」
「だったら、かわいいとこ見せとけ」
そうして彼はにやりと笑い、ひときわ熱に染まった唇でわたしの口を塞ぎ、完全に自由を奪い取ってしまったのだった。



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