愛していたよ、愛しているよ
いつか、どこかの星にでも生まれたお前を見つけることができたら。
そのときは、一緒にいてほしいと言うから。
ただ、黙って、うなずいてくれないか。
そんな身勝手な約束を取り付けようとする傲慢さに、目眩がした。
「自由にしてやるよ」
だから、遠くへ。どこか、安全で、静かな場所へ行けと。
「そんなところ、この世界にあるわけがない」
「だからって、おれといる必要はない」
「そんなに離れてほしいの?」
「そう言ってる」
揺らぎのない低く静かな声に、強固な意思を感じた。見えない高い壁が、目の前にそびえ立っていた。
どこかへ行けと言われても、どこへ行けばいいのだろう。ローは教えてくれない。帽子を深く被り、つばが影になって上手く表情を読み取れない。近づこうにも、足がすくんで動かない。どうしたらいいの。どうしたら。
「ローの言ってることがわからないよ」
わからない。自由って何?どうして彼はわたしを拒絶するような真似をするのだろう。彼が死の外科医と呼ばれる海賊だから?でもそんなの、今更じゃない?どれだけの付き合いがあると思っているの?
わたしだって、まさか世に蔓延る、悪と呼ばれるアウトローと縁が出来るだなんて思ってもいなかった。
旅が好きで様々な国に行くことが好きなだけ。ほんの少し耳聡いだけ。一度聞いた話は忘れないだけ。
そんなわたしを、どこかの誰かが情報屋と呼び出しただけ。
それだけ。
「ちゃんと言って」
ローとは友達になっただけ。仲が良くなっただけ。
好きに、なっただけ。
それだけなのに、どうして突き放されなければならないのだろう。
「お前はそんなに物分かりが悪かったか?」
「わからないよ」
「おれを困らせるな。黙って言う通りにしろ」
「いやだ、わからない」
ローは何も言わなかった。一度だけ、深いため息を吐いて、それからわたしたちの間に永遠とも感じられるような張り詰めた沈黙が流れていった。
わかったとうなずくのは簡単だろうけど、それだけは絶対にしたくなかった。何も納得していないし、これまで積み上げてきた友情を、愛情を、なかったことにされる気がしたから。
そんなのは許さない。わたしはそんなことをするために、彼を好きになったわけじゃない。
戸惑いが、次第に怒りに変わっていく。腹の底が熱くなる。悔しさのようなものもやってきて、たまらず唇を噛んだ。
ふと、風が通る。止まった時間が動き出すように、停滞していた空気が流れ出すように、ローの墨を入れた長い腕が伸びてきた。
彼は動作にも迷いがなかった。強い意志を感じる指先が、わたしの頬に触れて、ゆっくりと撫でていく。触れる手のひらはあたたかかった。わたしの指先は冷たくて、握り込んでもあたたまらないというのに。
手を握って、と言えばきっとそうしてくれるかもしれない。でもそれは、今じゃ治療をする患者相手のような扱いになるだろう。
「違う」
口をついて出た否定に、ローはわたしの唇をそっと親指でなぞった。ずっと噛みしめていた歯の感覚が抜けていないのをわかっているかのように、とてもやさしい触れ方だった。
「違うよ、ロー」
「そうか」
「こんなことを、して欲しいんじゃないんだよ」
「知ってる」
「それなら、どうして」
そこでようやく隠れていた彼の表情を見た。
いつも通りだった。歪み一つなく、冴えていた。けれど目は、甘く、あたたかな、金色をしていた。
「お前を守りたいだけだ」
向き合って、はっきりと。言葉に重みと、覚悟があった。
「……ひどいよ」
そんなに真正面から言われたら、受け入れるしかないじゃない。
ひどいよ、とわたしはもう一度、負け惜しみの言葉を吐く。ローはどう受け取ったのかわからないけれど、滑るように腕が動いて、これまでの何よりもわたしをやさしく抱きしめた。
このまま一生会えなくても、恨まないでくれとでも言うような手つきだった。せめてもの抵抗で、わたしは握りしめた指先を解かなかった。
「愛してる」
それはもう胸を弾ませる囁きではなかった。
わたしに自由を与え、解き放つための鍵。彼なりの庇護。永遠の傷。
どこまでもひたむきな、深い愛だった。
title by 宵闇の祷り