今日は二月十四日、バレンタインだ。だからといって別に何かするわけでもないのだが、周りのピンクな雰囲気は自然とこちらにも伝わってくる。ここぞとばかりに好きな人に告白する子も多いようだ。多分一つ学年が下の辻くんとか奈良坂くんとか滅茶苦茶貰ってるんだろうな。辻くんとか大丈夫なのかな。女の子に囲まれて倒れてたらどうしよう。うわあ面白そうめっちゃ見たい。
「辻ちゃん可哀想だからやめたげてよ」
「えー。…あ、そういや荒船も結構もらってるよね。なんであれがモテるんだろ」
「いやー荒船はモテるでしょ」
そうか?と首を傾げる。まあでも頭は良いししっかりしてるし顔もそこそこだしそれにボーダー隊員だし、それなりにモテる要素は持ち合わせているのかもしれない。私にはあんまり良さが分からないけど。とりあえず私は結婚するなら料理ができる人、だ。木崎さんみたいな。
「犬飼は?」
「え? 聞きたい?」
「いや別に」
「わーひどい。…何個かもらったんだけど返しちゃったんだよね」
「え、なんで? チョコ嫌いだっけ」
「いや、そういうわけじゃなくて……ほら、好きな子いるって言ったじゃん。好きな子からしかもらいたくないんだよね」
「ふーん……意外と一途」
「いやいや俺ほど一途な人はいないって。ボーダー1って言ってもいいくらい」
いやいやそれは言いすぎじゃ、とは思ったが犬飼が割りかし真面目な顔をしていたので口をつぐんだ。まあ、それほど好きな人がいるのはいいことだ。
「(……いいこと…)」
「あ、その顔は信じてないね?」
「え? あ、いやそういうわけじゃないけど」
「えーホントに?」
嘘ではない。ただ、胸の辺りに妙な違和感があるだけで。多分これはまた別の問題だろう。犬飼の一途さを信じていないわけではない。多分犬飼は一途だろうな、と思う。そしてそんな犬飼に想われるその好きな人≠熏Kせだろう、とも思う。
「ちなみに誰とか聞いていいの?」
「いやいや、だから内緒だって。前も言ったでしょ」
「言ったっけ」
「言った言った」
ああ確かそんなことを言っていたようなないような。いやまあ別に言ったかどうかはどうでもいいのだけど。そもそも犬飼に今教える気がないのならいくら聞いたって無駄だ。
「…ふーん、まあでも犬飼なら大丈夫そうだけどね」
「そう思う?」
「まあ、犬飼コミュ力モンスターだし」
言いながら、そういえば中学の頃、友達と話していた結婚したい相手のタイプが犬飼みたいな奴だったような気がする。気がする、だから気のせいかな。中学の頃の記憶って四年前の侵攻より後が強烈でよく覚えてないんだよな。私は侵攻前、どんな過ごし方をしていたっけ。どんな話をしていたっけ。色々と記憶はあるのに、よく思い出せない。日常の風景だけが脳裏に浮かぶ。
「(…変なの)」
「…おーい穂村? 大丈夫? 体調悪い?」
「…、え?」
ひらひら、と、犬飼が私の目の前で手を振った。どうやらぼーっとしてしまっていたようだ。大丈夫、とどこか上の空で返すと、犬飼は心配そうな顔をした。
「大丈夫だってば。…それよりさあ、犬飼」
「んー?」
「犬飼は好きな人いるのに、私といっつも二人でいるけどいいの?」
「…、あー」
犬飼は苦笑して、首を傾げた。分かんないけど、ああもうしょうがないな、みたいな。そんな顔。
「いいんだよ。俺は穂村といたいから」
「…ふーん」
好きな子より?と、聞きかけてやめた。多分きっと私が犬飼を縛り付けてしまっているのに、こんなことを聞いてどうするんだ。犬飼は鳩原がいなくなって不安定な私を放っておけないのだろう。犬飼は馬鹿みたいに優しいから、好きな子よりも私といたいんじゃなくて、私といるしかないだけなんだ。これが合っているかどうかは分からないが、多分そうだ。そうじゃないなら、犬飼が私のそばにいる理由なんてないじゃないか。
最近になってようやく、自分がドライモンスターかもしれない、と自覚できるようになってきた。おじさんおばさんのことで涙が出なかったり、鳩原のことを親友だと思っている、と自信が持てなかったり。だけど自覚するのと認めるのはまた別問題で。私は自分のどこか大事なところが欠けているなんて、思いたくなかった。
とはいえ、自覚だけは出来たわけだ。だから自分でもこんなやつのそばに長い間一緒にいる奴の気がしれないわけで、だから犬飼の行動の心理を考えると、ただ馬鹿みたいに優しいから、という考えになってしまう。だけどその馬鹿みたいに優しい犬飼をずっと縛りつけているのは私で、私はきっと犬飼を放してあげなければいけないのだろう。恋をする犬飼を全力で応援しなければいけない。分かっている。的外れの可能性もあるけど、だって私にはそれしか考えつかない。
「…出来ない」
「え?」
「…なんでもない。犬飼は物好きだなーと思って」
「えーそう?」
「そうでしょ」
だけど、思っていても行動できるかどうかはまた、それも別問題なのだろう。
縛り付けてごめんね