「うわあ、失敗した」
隣の的を見て、私は思わず呟いた。入った時は気付かなかったが隣のブースに奈良坂くんがいた。もう奈良坂くんの隣では撃たないと決めていたのにやってしまった。自分の的と見比べて自己嫌悪に陥る。うーん、ホントに命中率全然悪くないしむしろ良い方なのに真ん中から全然点がズレてない奈良坂くんの的を見るとやっぱり自分の的がクソに思える。うーんダメだなやっぱり今のまま満足してたら。私の目標は遠征部隊に選ばれることなのだから頑張らなければ。
と、そこまで考えて、ふと訓練前のことを思い出してユズルのブースの方を見た。何やら千佳ちゃんと出穂ちゃん、そして日浦ちゃんを入れた女子組に囲まれている。うわあユズルもついにモテ期なのかそうかそうか。微笑ましくなってしばらく眺めていると日浦ちゃんが奈良坂くんと一緒に訓練室を出て行った。二人とも出て行く際に私にも挨拶してくれるんだからいい子たちだ。ヒラヒラと手を振って、ユズルたちのほうへ足を向けた。
「やっほう、こんにちは」
「えっ? …あ、さっきの」
「ブース譲ってくれた先輩!」
「うんうんさっきはどうも。ついでに二人の入隊指導も私がやったんだけど覚えてないかな?」
「え? そうでしたっけ?」
出穂ちゃんが首を傾げた。あーうんまあ覚えてないよな。佐鳥とか東さんとかは覚えてても私とか荒船は全然記憶にないと思う。主に進行してたの佐鳥だしね。
「あ、あの、わたし覚えてます。壁壊しちゃった時に東さんとフォローしてくれた…」
「え、覚えてんの?」
「はい。あの時はありがとうございました」
「わーどうもー。こちらこそ」
千佳ちゃんのただでさえ低い位置にある頭がお辞儀をしたことで更に下に下がった。なんかしゃがんで話したい気分だ。
「あ、私は橘穂村です。一応A級部隊の狙撃手やってる」
「あ、夏目出穂っす。よろしくお願いします!」
「雨取千佳です。よろしくお願いします」
「うんうんよろしくー。あ、千佳ちゃんトリオンモンスターって呼ばれてるんだって? 私はなんか不本意なことにドライモンスターって呼ばれてるんだけどさあ、モンスター同士仲良くしようねー」
「えっ? あ、はい…?」
「困らせるなよ」
ユズルに呆れたように言われてしまった。えー困らせるつもりはなかったんだけど。でも大体こういう時は他人が言うことが正しいので大人しくごめんと謝っておく。千佳ちゃんは恐縮していた。
それから出穂ちゃんは当真に狙撃を見てもらうことになったらしく、千佳ちゃんとユズルは二人で少し離れたところでいろいろと話していた。私は千佳ちゃんの隣を陣取って二人の話を聞いていた。二人は鳩原の話をしていた。改めて鳩原の話を聞いていると、なんだかソワソワした。二宮隊が遠征部隊の合格を取り消された話を聞いた辺りから、少し吐き気もした。あの時、鳩原に何も言ってやれなかった自分に反吐が出た。キレイゴトを言えなくて、言いたくなくて、結局間違っていた、あの日のこと。軽いトラウマになっているんだろうか、とどこか冷静な部分で思う。ああダメだこんなじゃ。
二人に断って、訓練室を出た。
「…あー、情けない」
呟いて、その場にしゃがみこんだ。
▽
「…お、ちーかちゃーん」
「…、あ、橘先輩!」
「やっほう。今日は一人?」
「は、はい。…あの」
「ん?」
「ちょっと……いいですか?」
あの日から少しして、千佳ちゃんと一対一で出会した。軽く挨拶をすると、千佳ちゃんのほうからお誘いを受けてしまった。首を傾げながら「いいよ」と頷くと、千佳ちゃんはホッとしたように笑った。いやあホントに可愛い子だなあ。こんな子が次二宮隊と当たるのか。可哀想に。二宮さんなんか三雲隊にすごい辛口だったし一筋縄では行かないだろうな。
「それで? 話って?」
二人でラウンジに移動して、向かい合って座る。話を促すと、千佳ちゃんは真剣な顔をして切り出した。
「あの……ユズルくんから橘先輩は鳩原先輩の親友だって聞いて」
「あーユズルか。うん。それで?」
「えっと……橘先輩から見て、鳩原先輩はどんな人……でしたか…?」
どんな…と、少し言葉に詰まる。鳩原は…
「私と真逆の子」
「え?」
「鳩原は人が撃てなかったって聞いた? 私はね、鳩原と出会った頃人の頭を真っ先に狙うドライモンスター≠チて呼ばれてたんだよね」
「頭って…」
「まあ今じゃ普通だよね。その頃もそこそこ普通の戦い方ではあったんだけど、当真とかがふざけて広めてさあ。今もそのあだ名が残ってるのは私の性格のせいらしいね」
「…はあ…」
「うん、まあそれはさて置き、」
なんの話をしてたっけ、と頭を掻いて、頭の中を整理する。えーっと、私から見た鳩原、か。
「ドライモンスターな私と人を撃てない鳩原は、私から見ても周りから見てもまるで真逆で正反対の二人だった」
「……」
「鳩原はよく作ったような笑い方をしててさ、でもたまに、私といるときすごい楽しそうに笑ってくれてたんだよね。…だから」
「、」
「失踪したって聞いた時は正直ショックだった」
そこまで言って、言葉を切った。ショックか、と自分の言葉を反芻して、苦笑する。泣けもしなかったくせによく言う。
「ユズルくんが、上層部から干されたって…」
「え?」
「…え?」
「…ああ、うん。そうだね、うん。ごめんね」
そういえば鳩原は隊務規定違反で辞めさせられたってことになってるんだっけ、と今更ながらに思い出して、苦笑する。私も数ヶ月前までそう思ってたのに、やっぱりこの重大な事実を聞くと重たい。たまに誰かにポツっと話してしまいたくなる。
しっかりしなければと眉間を抑えていると、千佳ちゃんがとんでもないことを言った。
「…あの……橘先輩はもしかして鳩原先輩が近界に行ったことを…?」
「…えっ? なんで千佳ちゃんが知ってんの?」
驚いて身を乗り出すと、千佳ちゃんは少し恐縮して「に、二宮さんがこの前玉狛にきて…」と言った。あー二宮さん…
「二宮さんあんたかあ…」
なんだか少し脱力してしまって、机の上に突っ伏する。なんか鳩原の情報大体二宮さんから漏れてるんですけど。私の時も千佳ちゃんの時も。情報管理ちゃんとしなきゃ重要機密だよ二宮さん。
「でもなんで二宮さんが?」
「あ、えっと……うちの兄さんと一緒に鳩原先輩が近界に行ったらしくて…」
「タンマ」
「え?」
「ごめんちょっと待って。情報の処理が追いつきません。なに? 千佳ちゃんのお兄さん? 千佳ちゃんのお兄さんってボーダー隊員だったの?」
「あ、いえ…その…話すと少し長くなるんですけど」
それから千佳ちゃんの近界民を寄せ付ける体質だとか、そのせいで友達が近界に攫われたとか、それを何とかするためにお兄さんが鳩原と協力して近界に行ったことを聞かされた。聞き終えて、やっぱり情報の処理が追いつかなくて頭を抱えた。
「うわあ何それ……そういや鳩原が一般人にトリガーを流出させたって聞いたな…あーマジかー…」
「あ、あの…」
「ああうん、大丈夫。ごめんね」
少し焦っている千佳ちゃんに謝って顔を上げた。いやあそれにしてもこの子苦労してるな。遠征を目指してるのもそういうわけか。
「橘先輩は鳩原先輩を探しに行こうと思わないんですか?」
「んー? いや思ってるよ? そのためにA級に上がったようなもんだし」
「そうなんですか?」
「うんうん。…まあでも、私は千佳ちゃんみたいに綺麗な理由で探しに行こうとしてるわけじゃないからね」
「…え?」
「いや、何でもないよ」
にっこりと笑って、立ち上がる。そろそろ訓練に行こうか、と声を掛けると、千佳ちゃんは頷いてついてくる。
「(私が鳩原に会いに行きたいのは、鳩原に対する感情を確認したいからだ)」
二宮さんの言うように、私は鳩原をドライモンスターでないと証明するために使っていただけなのか、そうでないと確かめるために。こんなことをしないと断言すらできない。私にとって鳩原は大事な存在だったと証明すらできないのだ。
「(ほんと、情けない)」
千佳ちゃんと世間話をしつつ狙撃手の訓練室に向かいながら、心の中で自嘲した。
情けない奴