どうやらまた、近界から侵攻があるらしい。凩さんからの報告を受けて、私はげんなりとした顔を作った。なんだ、また来るのか近界民。もっと時間空けて来ても良くないか。前の侵攻から一ヶ月も立ってないんですけど。忙しないな近界民も。
「前の侵攻よりかは小規模らしいけど…とりあえず今回は俺は俺、穂村は穂村でそれぞれ動くことになってる。…えーと、穂村は狙撃班、だったかな」
「狙撃手は狙撃手で分かれるって事ですか」
「そうだな。なんか他に質問は?」
「いや……特には何も?」
まあこんなの来てみなきゃ分からない。いやそれにしても、狙撃班か。多分B級以上のメンバーが集まるんだろうから、千佳ちゃんはいるだろうな。人は撃てないけどトリオン兵は撃てるだろうし、千佳ちゃんのあの腕なら結構な戦力になるに違いない。聞いた話だと木崎さんが師匠をやっているらしいし。…なんかあの二人並ぶと身長差がすごいことになりそう。
凩さんは全て説明を終えると、はあ、と大きく溜息を吐き出した。そうして、机の上に突っ伏した。
「はっやいよなあ……しかも俺攻撃手だからほぼ前線で戦うことになってるし……はああ…憂鬱すぎる…」
「うわあ、安定のヘタレですね凩さん」
「安定って言うなよ〜…」
すっかり辟易としている凩さんを見て、溜息を吐き出す。まあ、凩さんの気持ちもわからないでもない。だって早すぎるもんな。なんか切羽詰まった事情でもあるんだろうか。
「まあとにかく頑張りましょうよ。また前みたくボーナス出るかもしれませんし」
「…うん」
さて、私も頑張りますかね。
▽
「…お、空閑くんだ」
本部の廊下にて、空閑くんを見つけて声を掛けた。どうやら今日は一人のようだ。
「たちばな先輩」
「覚えてくれてありがとう。三雲くんは元気かい」
「一昨日会ってからそんなに変わりはないよ」
「そっかそっか、三雲くんはまだ健在か」
そんなふざけたやり取りを終えて、私は空閑くんと他愛のない話をしながら一緒に歩く。どうやら昨日、加古さんに勧誘を受けたらしい。なるほど、加古さん。まだイニシャルKの優秀な人材を集めて回ってたのか。空閑くんはイニシャルKだもんな、しかも強いし。うん。そういえばずっと人材を探していた加古さんもちゃんと隊を結成して、しかも早速A級入りしていたようだ。確か黒江双葉ちゃん、っていう中学生の女の子と一緒に。可愛い子だったな、お話してみたい。
「あ、そういえばうちの凩さんも加古さんに誘われてたことあったよ」
「ほう、なんと。…コガラシさん?」
「あー、と、うちの隊長。凩隊の凩さん。えーとね、ヘタレでお人好しで、自分に自信がない王子様風イケメン。好きなものはわらび餅です」
「わらびもち?」
「あーえっと、和菓子っていう種類のお菓子でね。モチモチっとしててきな粉がついてる………うーん、今度買ってきてあげるよ」
「ほう、楽しみにしてます。…なるほど、こがらしさんか。強いの?」
「え、うん。めっちゃ強いよ」
言い切ると、空閑くんは私の方をジッと見て、少し笑った。好戦的な笑みだ。へー、この子こんな顔もするのか。
「そうなんだ。たのんだら戦ってくれる?」
「うーん、どうかな。強いくせに自分に自信がない人だからな。前よりはマシになったけど……空閑くんみたいな強い子と戦うの、あんまり好きじゃないみたい」
「ふーん」
凩さんはどこか二宮さんの影に隠れたがっている節がある。この間の「俺がA級で二宮がB級なのはおかしい」っていう言動だって、それを顕著に表していると思う。凩さんはもうちょっと自分に自信を持てばいいのに。
「まあでも、よく個人ランク戦ブースに顔出してるみたいだから誘ってみればいいよ。ヘタレだけど押しに弱いところがあるから」
「ほう、それはいいこと聞きましたな」
「まあ多分凩さんが勝つからさ」
「……、」
さっきの空閑くんのように、好戦的な笑みを浮かべてやる。空閑くんはそれを見て少し呆けたあと、先ほどと同じ笑みを浮かべた。よし、私を嘘吐きにしないために凩さん頑張って勝ってね。
「じゃあおれはここで」
曲がり角に差し掛かって、空閑くんがそう言った。個人ランク戦のブースに行くらしい。私は狙撃手の訓練があるのでここでお別れだ。
「……あ、そうだ空閑くん」
「ん?」
「千佳ちゃん、人を撃てるようになった方がいいよ」
「…!」
「私が言うことじゃないんだけどね。遠征に行くなら撃てるようになったほうがいい。じゃないと…」
口を噤んだ。こういうところが重ねて見てる、ってことなんだろうか。いやでも、きっと千佳ちゃんが遠征部隊に選ばれたとして、たとえ合格したとしても今のままだったらまた合格を取り消されかねない。そうなったら鳩原みたいに、…鳩原みたいに。
「はとはら先輩のこと言ってるの?」
「、え」
「チカははとはら先輩みたいにはならないよ」
空閑くんも鳩原のことを知ってるのか、と少し驚いて、しかし千佳ちゃんが話したのか、とすぐに納得した。そうして、空閑くんの言葉を頭の中で咀嚼して、理解する。
「…うーん、そっか。なんか余計なお世話だったね、ごめん」
「…ううん。チカのこと心配してくれたんでしょ? ありがとう」
「あはは、空閑くんは優しいねー」
「それほどでも」
そんなやりとりをして、場を誤魔化した。空閑くんの白かった瞳が何故か黒くなっていた。何でだろう、と首を傾げながら、空閑くんと別れた。頭が痛かった。空閑くんは、千佳ちゃんは鳩原みたいにはならない、と言い切った。でも。そんなの、そんなの。
「…分かんないじゃん」
だって私も、鳩原がそんなことするわけないって思ってた。
絶対なんてない