「………ううむ」
犬飼に呼ばれて、二宮隊の作戦室の前に来た私は扉の前で唸っていた。呼ばれたから来てみたものの、他の隊の作戦室なんて入ったことないし割と勇気を要する。しかも二宮さんだし、あの人他の隊のやつが自分のところに入ってくるの嫌がりそうだしな……畜生犬飼め、私を呼びつけるなんていい度胸をしている。お前が来いっつーの。
しかしまあ、こうして悩んでいても仕方ないので、とりあえずノックをしてみる。犬飼かもしくは鳩原か、どっちでもいいからどっちか出てこい。
しかしそんな願いも虚しく、出てきたのは犬飼でも鳩原でも、二宮さんでもなく、黒髪の、知らない男の子だった。二宮さんや犬飼もイケメンだが、この子も結構な整った顔立ちをしている。
「………、」
「…………あー、犬飼います?」
「………」
「え、いない? じゃあ鳩原は?」
「………」
私の質問に、少し慌てたような、緊張しているような面持ちでただ首を横に振るその子に、思わず首を傾げる。なんでこの子喋らないんだ。
「君一人?」
「………」
「ふーん………犬飼どこいったか知ってる?」
「………っ、え、と」
どうやら知っているようだが、上手く喋れておらず顔は真っ赤だ。おいおいどうしたよ、コミュ症なのかい君。
とりあえず、このままこの子と話していても(会話になっていないが)仕方ないので、犬飼に電話をかけようとしていれば、「あれ?」と聞き慣れた声。
「穂村に辻ちゃん? 何やってんの?」
「、…いぬか」
「犬飼先輩!!」
「ぅおお?」
「女の人が来るなら席外さないでくださいよ! 俺喋れないの知ってるでしょう!?」
「え、女の人…………、あ、そうか穂村女か」
「おい犬飼てめえ痛覚オンで模擬戦ブース入れや頭ぶち抜いてやる」
「えっ、いや冗談じゃん!?」
割と本気だったろ今のトーン。苛々と犬飼を睨むと、犬飼はいつものヘラヘラした顔でとりあえず中入ろうと促してきた。
「いやあごめんごめん辻ちゃん。言っとくの忘れてた」
「忘れないでください……」
私と対峙していたときとは打って変わって饒舌に喋り出すその子――ええと、辻くん?は、話を聞く限りでは、どうやら女の子が苦手らしい。苦手というか、多分女の子の前では話せなくなるのだと思う。なんかめんどくさそうな子だ。私こういう子に気を遣うの苦手なんだよなあ…。だからドライモンスターなんて呼ばれるんだろうけど
「最近ようやく鳩原先輩やひゃみさんとも話せるようになってきたのに」
「あはは。だからごめんって」
「おいこら犬飼。だから何の用で呼んだわけ」
「あ、そうそう! 穂村さ、頭良かったよね?」
「あんたよりはね」
「今度テストあるじゃん? ちょっと勉強教えてくんない?」
「バウムクーヘン二個で手を打とう」
「ぐっ…………に、二個か………いったいなあ」
しかし勉強を教えてもらわないと成績が危ういのか苦渋の決断とばかりに顔をしかめて頷いたのを確認して、じゃあいいかと犬飼に一歩近付いた。すると犬飼の隣りにいた辻くんがビクリと肩を震わせ、一歩後退った。また一歩近づく。一歩後退る。それを数度続け、犬飼のところへ辿り着く頃にも私と辻くんとの距離は全く埋まっていなかった。いや別に距離を詰めたいわけじゃないしいいんだけども。
「なんかあんなあからさまに逃げられたら腹立つよね」
「まー鳩ちゃんたちのときもあんなんだったからさ、あんま気にしないでやって。慣れたら多分話せるから」
「多分とは」
「他の隊の女の子は例外で分かんない」
それより勉強教えてよと犬飼に催促され、とりあえず犬飼の苦手科目を聞き出す。英語は私も苦手なので教えられない旨を伝え、まあ他は大丈夫だろうとも思うのでそれも伝えておく。数学も苦手っちゃ苦手だけど私の場合出来ないんじゃなく嫌いでやらない≠セけなので解き方を理解すれば早い。英語は本当に無理。毎回赤点ギリギリで叔父さん叔母さんに心配されている現状である。つらい。早く一人暮らししたい。
「英語がダメなら数学教えてよ。今やってるとこさっぱり分かんねー」
「あーハイハイ」
犬飼はテスト対策用のプリントを鞄から出してとりあえず問題を解き始める。分からなかったから聞いてと言ってすぐ、犬飼が分からないと声を上げた。早えなおいと突っ込みながら解き方を教えてあげていると、ふと少し離れたところから辻くんの声がした。
「…………あの………お二人は付き合ってるんですか?」
「…は?」
「っ、」
「穂村睨まないの」
相変わらず遠くにつったって何を言ってるんだこいつ。言うに事欠いて私らが付き合ってるとか、ありえないんだけど。しかも犬飼がなんかノリ始めるし。
「あは、辻ちゃんそう見える? おれらお似合…」
「いや普通にありえないんだけど。犬飼適当なことばっか言わないで」
「………」
「? なに」
「いやあ…………ちょっとくらい希望あっても良いのになあと…」
「い、犬飼先輩、なんがスミマセン…」
「辻ちゃん謝らないで」
だから一体何なのだ。それから暫く落ち込んでいた犬飼だが、すぐにいつものように復活して勉強を再開した。少し怒っているように見えたのはきっと気のせいだろう。
因みに辻くんは最後まで私に近づいて来なかった。…まあ別にいいけど。
二宮隊の作戦室にて