「穂村、髪伸びたね」
「、あ?」

 ふと、犬飼の台詞に顔を上げる。放課後の教室で、日直な私に付き合って一緒に残っていた犬飼はしばらく黙り込んでいたのに、唐突になんなのだと眉を顰める。しかし恐らく他愛のない会話だろうと、後ろ髪をくしゃりと触って、確かにと頷く。しばらく、髪なんか切っていない。確か、鳩原がいなくなってから。

「そろそろ切りに行かなきゃなー」
「穂村俺と初めて会ってからずっと短かったもんねー。今、丁度鳩ちゃんくらい?」
「、」

 犬飼から鳩原の名前が出たことに、普通に驚いてしまった。それこそ、鳩原が失踪してからずっと、鳩原の話題なんて出ていなかったのに。

「……あー、そういや鳩原くらいだな」
「鳩ちゃんがいれば双子みたいだったろうね。顔は全然似てないけど」
「あー、まあ…」

 鳩原が失踪してなければ、私は普通に髪を切っていただろうけど、と、そう言おうとして、やめた。不自然に止まった私の言葉に犬飼が首を傾げた。

「どうかした?」
「………あーいや…………今日切りに行くわ」
「うん?」

 なんだか、他人に行動を制限されている自分が気持ち悪い、と、そう思った。


 ▽


「どー思います? 東さん」

 そういつもの調子で問いながら、私は的を狙って弾を撃った。少し真ん中から外れて思わず舌打ちをしてしまったがまあそれは置いといて、質問の答えを頂くべく、久しぶりにご教授下さっている東さんを見上げた。
 東さんはいつもと変わらず、穏やかな笑顔を浮かべている。

「人に行動を制限されるのが気持ち悪い、か。なんだか橘らしいな」
「そうですか?」
「ああ。要は人に合わせるのが苦手なんだろ?」
「言葉にするとなんかアレですね。まあ、そんな感じです。ちょっと違うけど」

 人に合わせるのはもちろん苦手だが、私が気持ち悪いと思ったのは、鳩原がいなくなったことで普段の習慣すら忘れてしまった自分に対して、だ。なんだか分からないけど、気持ち悪いと、思った。

「なんだか矛盾してないか?」
「? 何がですか?」
「橘は、鳩原がいなくなって、平気だと思えるほどドライなわけじゃない、と言ったな」
「ハイ」
「それなのに、鳩原の失踪に影響されている自分を気持ち悪いと思うのか?」
「………」

 はたと、東さんの言葉に黙りこむ。ああ、確かにそうだと思ってしまった。私の言葉は、なんだか矛盾している。

「…………なんか、変なこと言いましたね。スミマセン」
「、あ、いや。それは構わないんだが」
「?」
「……俺は、鳩原と橘が仲良くなったと言われた時、嬉しかったんだ」
「…?」

 急なその話の内容に驚いて、首を傾げる。そういえば鳩原と友達になったと言った時、そう言っていたのを思い出す。

「人を撃てない鳩原と、人の急所を容赦なくぶち抜ける橘。こんな正反対な二人がかみ合って、何よりも、あの橘が歩み寄ったんだと思うと嬉しかったんだ」
「………」

 どうやら東さんの中の私の人物像を思わぬ形で知ることになってしまったようだ。まあ東さんの私への印象…は、さて置いて、そうな風に思っていたとは思わなかった。まあ、確かに私から仲良くなろうと思って歩み寄ったのは、初めてだったかもしれないが。

「私と真逆の子がどんな子なんだろうって、気になっただけですよ」

 呟いて、また狙撃を再開した。

歩み寄る二人と見守る者

SANDGLASS