「アルバムを取り返そうとして、バランスを崩しただけ………そうか」

 凩さんがやっとのことで引っ張り戻してきた二宮さんは、凩さんの説明をあっさりまとめ上げると、納得したようにコクリとうなずいた。いや、「凩さん…無理矢理なんてひどい!」とかやっても良かったのだが、二宮さんが相手なのでちょっと本気にされても困るかなと思ってやめておいた。この天然どう受け取るか想像もつかない。というか、なんか本気に取られて面倒なことになりかねないので自重した。偉い私。

「だが橘は凩の家になにをしに…?」
「え? ああ、普通に遊びに来てたんだよ。名風も来る予定が、友達の……氷見さん?に誘われてそっち行っちゃったから、今日は橘一人」
「そうか………仲がいいなお前の隊は」
「そう?」
「少なくとも俺の隊は俺の家に隊員が集まったことはないし、他の隊もそういう話は聞いたことがない」

 へーと相槌を打つ凩さんに、これが普通だと思っていたことに笑ってしまう。そりゃ普通は隊長の家に集まったりはしないだろう。ウチの隊がアットホーム過ぎるのだ。

「で、アルバム……か。どれの事だ?」
「ん? ああコレですよ。二〜五才までの」
「あ!? いつの間に!?」
「ああそれか……」

 凩さんがあんなに慌てて取り返そうとしたアルバムを私が逃すわけがない。二宮さんもどこか心当たりがあるようだし、これには中々期待できるかもしれない。

「橘!? 落ち着け!? な!?」
「私は落ち着いてますよ凩さんの方が落ち着いて下さい」
「頼むから返して下さい!!」

 土下座せんばかりの勢いの凩さん。このまま土下座させてもいいかもしれないとか危ういことを考えていると、ガチャリとまた扉が開いた。

「兄さん何を騒いで……………あれ、二宮さん」
「ああ、啓斗か」
「あ、啓斗くん。これから凩さんの恥ずかしい過去を露わにするんだけど一緒に見る? 多分啓斗くん知ってるだろうけど」
「ああ、それは楽しそうだね」
「啓斗ー!?」

 ノリノリで部屋に入ってくる啓斗くん。取り返そうとしてくる凩さんを上手く避けて、アルバムを開いた。中にあったのは………

「………え、女の子?」
「………」
「………」
「み…………見るなって言ったのに………」

 頭の高い位置でツインテールをした、それはそれは可愛らしい女の子の写真たちだった。ほぼ全て、その女の子は泣きそうな顔をしているか、もしくは完全に泣いてしまっているものばかりだ。
 ちらりと二宮さんと啓斗くん、凩さんを見やれば、二宮さんと啓斗くんはなんとも言えない顔をしているし、凩さんは顔を真っ赤にして泣いている。……もしかしてこれは……

「えっ、凩さん?」
「ああああもうそうだよ俺だよッ!! 従姉妹の姉さんたちに着せられたんだよ無理矢理!!」
「はあ………それはそれは…………そこらの女の子より全然可愛いですよ」
「うるさいなあもう!!」

 だから見せたくなかったんだ、なんて大声で嘆く凩さんになんだか申し訳なくなったので、名風ちゃんに見せるのは勘弁しておこうと思う。隣で啓斗くんが懐かしそうにアルバムを見ていた。

「…本当にちっちゃい頃、姉さんたちの着せ替え人形にされて泣きじゃくってる兄さん見ててさ、なんか幼いながらに情けなく思ったの覚えてるよ」
「えっ、なんかごめん!?」

 凩さんを虐めている啓斗くんを眺めながら、私は近くに座っていた二宮さんに話しかける。

「女装させられてるの、止めなかったんですね。というかこんなちっちゃい頃から知り合いだったんですね」
「俺に止められると思うか。…まあな。家が隣だからしかたない」
「え、家隣なんですか。…まあ、二宮さんが止められないほどそのお姉さんたちは凄かったんでしょうね」

 女って怖いですよねー、と定番の呟きを呟くと、お前も女だろと定番のツッコミが返ってきた。そうですねーと笑ってみる。

 それからそれ以上の凩さんの恥ずかしい過去は見つからず、私達は解散した。


 ▽


「……っと、携帯忘れた」

 その後、私は凩さんの部屋に携帯を忘れたのに気付き、取りに戻った。携帯なかったら死んじゃう系の現代っ子だから私。明日届けるよーの明日に耐えられない系だから私。
 そうして凩さんの部屋の前に着き、中から「それで今日は何しに来たんだ?」と凩さんの声を聞きながら、二宮さん辺りがまだ帰っていないのかと頭を巡らせながら、ドアノブを捻ろうとして―――、

「鳩原の件だ」

 止まった。

「(……鳩原…?)」

 私はゆっくりとドアノブから手を放し、そしてそのまま、扉の横にしゃがみ込む。

「鳩原さん? なに、何かあった?」
「いや、特には何もない。ただ、少し気になることがあってな………調べることにした」
「調べる?」
「ああ。鳩原を、近界へ行こうと唆したやつがいるはずだ。あいつはそんなことを考えつくような頭も度胸もないからな」

 ドクンと、心臓が嫌な音を鳴らした。
 …いま、二宮さんはなんと言った…?

「(近………界、って、)」

 鳩原が、そこに行った? 二宮さんは今、そう言ったのだろうか。

「………そっか……まあ俺は止めないけど……あんま無理するなよ? また倒れないようにな?」
「最近は落ち着いている。大丈夫だ」

 そんな会話を聞きながら、私はふう、と息を吐きだした。そうして、両目を片手で覆った。

「……あー……どうしよ、涙出ないや」


 ▽


 部屋から出てきた二宮さんは、私を見て、少し、目を見開いた。そのままゆっくりと扉を閉めて、息を吐き出す。

「……聞いていたのか」
「あはは。あれ、聞かせてくれてたんじゃないんですか」
「………」

 茶化すと、睨まれた。あはは。怖いな。

「……どう思った」
「何がです?」
「茶化すな」
「……分かんないです」
「は?」
「結局鳩原が何をしたいのか、分かんないです。だから悲しめばいいのかも、よく分からない」
「………お前は」

 言葉を切った二宮さんを見上げる。二宮さんはもう私を睨んではいなくて、静かな目をこちらに向けていた。

「お前は、本当に鳩原を親友だと思ったことがあるのか?」
「………え?」
「お前はドライモンスターだと、うちの隊員たちもよく言っている。お前はそれを否定しているらしいな」
「え? ああ、はい?」
「人の心が分からないドライモンスター。お前が鳩原と仲良くなり始めたのは、そう言われ始めてしばらくした頃のことだ」
「………」

 二宮さんが何を言いたいのかが分からなくて、首を傾げた。黙って続きを聞く。

「お前は、自分がドライモンスターでないことを証明するために、鳩原を親友と呼んでいるんじゃないのか?」
「………、」

 言葉を失った。図星なのか、そうじゃなくて他の何かの理由なのか、よく分かっていないまま、私は口を開いた。

「………私は、」


 ▽


「……凩さん」

 部屋に入ると、中で音楽を聞いていたらしい凩さんが顔を上げた。この様子だと、先ほどの部屋の外での会話は聞かれていないらしい。

「あれ? どうした? 橘」
「携帯、忘れちゃって」
「携帯? ………あ、これ? ごめんな気付かなかった」

 そう言って近くにあった携帯を手渡してきた凩さんから携帯を受け取って、私はぐ、と拳を握った。凩さん、とまた名を呼んだ。

「橘?」
「凩さん」
「ん?」
「さっき、二宮さんとの話聞いてました。すみません」

 凩さんが、固まったのがわかった。しかし私は構わず続けた。

「私、A級に上がりたいです」


 ▽


「よく分かりません」

 その橘の回答に、二宮は多少驚きを滲ませた顔で、橘を見返した。橘は二宮から目を逸らし、変わらぬ表情で、言葉を続けた。

「そうなのかもしれないって思う自分もいます。本当によく分からないんです。だけど、多分」

 言葉を切って、橘は再度二宮を見上げた。

「それを知るために、私はもう一度鳩原に会いたいんです」



「………」

 二宮は、数分前の彼女の言葉を思い出し、ふう、と息を吐きだした。予想していない答えだった。もっと、動揺するかと思った。

「やはりドライモンスター、か」

 自身の隊の隊員たちが言っていたことを再度思い出し、嘆息した。

ドライモンスターの真意

SANDGLASS