「ごめん…………考えさせて」
凩さんの予想外の言葉に、私は目を瞬かせた。てっきり凩さんのことだから、快諾してくれるものだと思っていたのだが。私は首を傾げながら、分かりましたと頷いて部屋を出た。ふうと息を吐く。
「お前は、自分がドライモンスターでないことを証明するために、鳩原を親友と呼んでいるんじゃないのか?」
「………私はドライモンスターじゃない」
呟いて、今度こそ家路に着いた。
▽
「私、A級に上がりたいです」
先日、自身の隊の隊員からそう言われた。どうやら鳩原さんが近界に行ったことを知ってしまったらしく、遠征部隊に入りたいらしい。いや、彼女はなんらおかしいことは言っていないし、寧ろあのドライで何事にも興味のなかったあいつが向上心を持ったことに喜ぶべきなんだと、思う。けど。
「はあぁ……」
「……おい凩」
「……え? ああ、二宮。おはよ」
「おはよう」
場所は大学。の、講義室。今日は一限から講義の入っていた俺は、朝早くに来てちゃっかり後ろの席を取り、昨日のことで悩んでいた。そんな俺に声を掛けてきたのは幼馴染兼親友の二宮で、一番後ろということに少し嫌そうな顔をしつつも隣へ座ってきた。二宮は真面目なのでもう少し前の席がいいらしい。
「何を唸ってるんだ。不気味だぞ」
「えっ、お、俺唸ってた? うわあ、無意識だ」
「……橘になにか言われたか」
「、えっ、な、なんで」
「昨日、お前の部屋を出てすぐ、あいつに会ったからな」
「……、」
ああなるほど、と納得して、俺はふ、と目を伏せた。少し迷ってから、話し出す。なんか、昔から相談とかは二宮にしちゃうんだよなあ。
「……A級に上がりたい、って言われちゃった」
「…なにか不味いのか」
「不味い、っていうかさあ………うーんと、」
うんうんとしばらく唸って、ええと、と言葉を捻り出す。いや、理由も言葉も出てきてはいるのだけど、出てこない。つまり、…なんて言ったらいいのか分からないのでとりあえず置いておこう。
「………自信が、なくて」
「………自信?」
「……うん。俺、同期のお前とか、太刀川とか加古さんとか、みたいに、凄くないし、…ええと、なんていうか、劣等感?っていうの? なんか、そんな感じのものが渦巻いてて」
「………」
「みんな俺に一目置いてくれてるけど、集まって模擬戦しても俺いっつも勝てないし、俺だけまだA級上がったことないし、…なんか、俺なんかが部隊率いて今更A級なんかに上がれるのかな、って、思って」
二宮は何も言わずに、黙って俺の話を聞いていた。俺はなんとなく気まずくなって、顔を背けた。
「…ご、ごめんしょうもないよな…」
「…凩は強い」
「、…え?」
「お前が俺たちに勝てないのは、お前がそうやってどこかで諦めていたからだろう」
「っ、」
図星をつかれて、思わず黙り込む。…だって、二宮たちは強いから……
「お前に足りないのは自信と積極性だ。お前は強い。折角隊員がやる気になったんだ、やってみればいい」
「………」
俺は黙ったまま、頷くように、曖昧に首を振った。
▽
「自信と積極性、ねえ…」
その日、大学の講義が終わり、俺はボーダーの自身の隊の作戦室へ来ていた。珍しくまだ橘も名風も来ていない。
ギ、と椅子をしならせながら、俺は背もたれに体重をかける。
「んなもん、俺がずっと欲しいもんだよ…」
自分のトリガーを電気の光に翳していると、扉が開いた。「あれ、もう来てる」といつも通りの態度の橘はどうもと会釈をして、俺の向かい側の椅子に座った。
「背もたれに体重かけてたらガッタンって倒れますよー。今日犬飼が倒れてたし」
「え。あ、ああ、うん」
「本当あいつ馬鹿ですよねー。この前も…」
他愛のない話をしていく橘。俺は笑顔のままで聞きながら、小さく息を吐き出す。そうしていると名風も来て、「何の話してるんですか」と話に入ってきた。名風はよく犬飼にからかわれているので、先ほどの話を聞いて「なるほど馬鹿ですね」なんて頷いている。最終的にはなんか犬飼の悪口大会みたいになっていた。こらこらやめなよと止めてみるが二人が俺の言うことなんて聞くわけない。まあ本気で言っているわけではないだろうから、こっちも本気で止めていないだけなのだけど。
ふと笑顔をやめて、ぼんやりと二人を見る。この二人が好きだ。そりゃあもう、家族みたいに。だから橘がA級に上がって遠征に行きたいというなら、叶えてやりたい。だけど。
「なあ橘、名風。話があるんだけど」
俺は多分、先に進んでいくのが怖い。
臆病者の凩さん