「………なるほど」
唯一、全く事情を知らない名風に一通りの説明をし終え、納得した名風は微妙な顔をして頷いてみせた。いつも達観したような顔をしている名風だが、流石に鳩原さんの話の時には驚いていた。
「…鳩原先輩の………その、そんな重要な話を私にして良かったんですか」
「ん? …ああ、うん。いいんだよ。実を言うとさ、俺が教えてもらったのも、橘が鳩原さんと仲が良かったからなんだ」
「…私が? どういう意味ですか?」
「上層部は橘に、鳩原さんの事について聞きたいらしかったんだけど、忍田さんの厚意で話すか話さないかの判断は隊長である俺に任されることになったんだ」
「それで、話さない方を?」
「うん。怒るかな」
苦笑を貼り付けて首を傾げると、橘は少し悩んだあと、「怒りはしませんけど」と唸るように呟いた。
「まあ凩さんの事情は尊重するつもりです。でも多分、凩さんは大層な理由で私に話さなかったわけじゃないと思うんですよ。例えばそうですね………私が傷付くと思った≠ニか? 鳩原が近界に行った真実を知った私が少なからずショックを受けると思って、みたいな」
「………はは、美化し過ぎだよ、俺を」
橘は怪訝そうに眉を寄せた。
そんな大層な理由ではない。勿論、それも少しはあったかもしれないが、そんな優しい理由だけで秘密にしていたわけでは、決してないのだ。
「怖かったんだよ」
「?」
「橘に、A級に上がりたいって言われるのが、怖かった。遠征に行きたいって言われるのが、怖かったんだ」
言い終わってから、拳を握った。これを聞いて二人は、どう思うんだろう。元々多分、尊敬はされていないけど、慕われていた自信はある。うちの隊はボーダー内でも指折りの仲の良さを誇っている。それが、壊れていくかもしれないと思うと、どうしようもなく怖かった。
「……………どうしてですか?」
「、……え?」
「どうして怖いんですか?」
心底不思議でたまらないといった表情で、橘が言った。俺は虚をつかれて、言葉に詰まった。
だって――そんなの――…、
「凩さん、強いじゃないですか」
「…………え、」
「そうですね。何を怖がってるんだか、このヘタレは」
「……え、あ、………え?」
「ねぇ、名風ちゃん。変なこと言うね、凩さん」
体から一気に憑物が消えていくような感覚だった。あれだけ俺を唸らせていた悩みは、隊員のたった一言で吹き飛んでしまった。
「………そっ、か」
笑いが溢れるように漏れた。気を抜くと、泣いてしまいそうだった。
「………はは、そっか。分かった」
「? うわ………急に笑い出した怖い」
「なあ橘………」
名前を呼びかけて、少し思案する。
「いや、穂村、和歌。一緒にA級に上がろう」
大丈夫、俺は強い。
A級を目指そう