そういえばあのときの白髪少年が例の近界民だったんじゃね?と、入隊式の日から数日経って、ふと気づいた。佐鳥に話し掛けられてつい頭からすっぽ抜けていたあの少年だが、やはり白髪の少年なんて忘れようにも忘れられるものなんかではなく、ふとした瞬間に思い出した。まあ数日掛かってしまったが。思い出したら早かった。あの少年が千佳ちゃんとチームメイトだということは、所属は玉狛支部だということ。そして例の近界民はその玉狛支部が保護していて、ボーダーの隊員になるなんて話は知らないがまあそんな話になっていてもおかしいことはない。ただここでのんびりしに来たというわけでもないだろうし。メガネくんや千佳ちゃんの可能性もないわけではないが、私は見た目から選んでみた。判断基準は勿論あの白髪だ。あとなんか、雰囲気が不思議だった。私の見た限りの情報だけで言うのなら実力では千佳ちゃんも中々有力だが、あの白髪少年も攻撃手の訓練で過去最高の記録を叩き出したらしいし、一概にこうだとは言えない。それに、あの三人の中に近界民がいる前提で話をしているわけだが、絶対にそうとも限らないのだ。うん、なんだかこの考察も不毛な気がしてきた。

「よし止めよう」
「何をだよ」

 バシ、と頭を何か薄い本のようなもので叩かれた。それを咄嗟に手で抑えて、その叩かれた物を確認する。数学の教科書だ。次にその持ち主の顔を確認して、教科書を奪い取ると思い切り殴り返した。「いって!」と大して痛くはないだろうが反射で叫んだそいつ――荒船は、ジトッとした目で私を睨んだ。

「橘てっめ…」
「先に叩いてきたのそっちだし」
「独り言とかキモいんですけど」
「うるせえじゃあ聞くな」
「聞こえてきたんだよ勝手に!!」

 私から数学の教科書を奪い返した荒船は、苛々と私の前の席に座った。今からクラス合同の発展と基礎に分かれてやる数学の授業で、荒船は私の前の席なのだ。犬飼は基礎クラスなので数学の授業は分かれる。同時に荒船とは一緒になるので話す相手がいなくならないのはいいが、こういうやりとりが少々面倒臭い。

「で? なんだって?」
「は?」
「さっきの。独り言」
「荒船くんには関係ないんですけど」
「君付けとか気持ち悪いんですけど」

 お互いに悪態をついて、息を吐く。はあ、めんどくさ。しかしこれはきっと荒船には言えないことなのだろう。たぶん。どこまで言ってよくてどこまで駄目なのか、分からないうちは何も喋らないに限る。

「真面目な話、ノーコメント」
「は?」
「言えない、って言ってることを無理に聞き出すようなやつじゃないと思ってる」
「………」

 ここまで言われたら聞けないだろう。荒船は忌々しげに私を見て、軽く舌打ちをすると前を向いてしまった。あ、しまった話し相手がいなくなった。まあいいけど。
 丁度先生も入ってきたので、今日の授業は真面目に受けることにした。


 ▽


 例の玉狛の子たちの噂が、最近ボーダー内に飛び交っている。とんでもないトリオンモンスターの狙撃手の女の子がいる、だとか、入隊指導の初訓練で過去最高の記録を叩き出した白いチビがいる、だとか、風間さん相手に引き分けたメガネがいる、だとか。前二つは紛うことなき事実だが、一番最後の噂は少し私の聞いた話と違っている。いや少し、というか、大分。実際に見ていた凩さんによれば、引き分けたのは事実だが、それ以前にそのメガネくんはかなりの数負けてしまっているらしい。引き分けたのは、最後の一試合でだけ。その事実だけが妙に引き伸ばされて、こうして噂が独り歩きしている状態になっているらしい。全く御愁傷様である。そのメガネくんも可哀想に。まあほかの二人の噂が真実なだけに、メガネくんの噂も信憑性の高いものとして出回ってしまったのかもしれない。本当に、ツイていない。

「で? お前はまだその近界民に会ってねえのか」

 隣で弾を撃ちながら、当真が言った。ちらりと視線だけを向けて、またすぐに的へ戻した。

「うーん、いやまあね。なんか、タイミングがつかめなくて」
「ふーん」

 当真は大して興味もなさそうに相槌を打った。まあ楽しい話をしているわけでもないし、特に気にすることもなく、暫くお互いに無言で弾を撃っていた。

「鳩原のこと、さ」

 そんな中、当真がふと口を開いた。

「ん?」
「探したりしてんの?」
「なに、急に?」
「いや、なんかふと思ってよ。最近鳩原の話しねえし?」
「そうだっけ?」

 首を傾げるが、ユズルとか二宮さんとか、よく鳩原のことを口にするので鳩原の話をしていないわけではないと思う。当真の前であんまり口に出すことがないだけで。

「まあ、探してるっちゃあ探してるよ」
「何だよそれ」

 当真は少し笑って、的を見据えたまま、言った。

「それってさ、お前が最近近界民に興味持ち始めたことと関係したりしてんの?」

 気づかれてはいないだろう程度に、動揺した。何か、勘付いているのだろうか。いや、そりゃあ物事に興味を持たず、向上心も薄かった私が急に努力し始めれば、なにか勘繰って当然かもしれないが。

「ははっ、考えすぎ。何言ってんの」

 とりあえず笑い飛ばせば、また当真は軽く笑った。

「だよなあ」

 もうちょっと考えて行動しよう、と少し反省した。

反省はしてるが後悔はしてない

SANDGLASS