「穂村に人の気持ちなんか分からないよ」
鳩原が、そう言って笑った。私は何も言えずに、首を傾げた。何故か咄嗟に、鳩原じゃない、と思った。私の中の鳩原が、こんなことを言うはずがないと思っているからだ。ほかに根拠はない。
「どうして?」
絞り出すように、だけど淡々と、そう見えるように言った。鳩原は相変わらず、笑っていた。
「だってあたしの気持ちも分かってくれなかった」
親友≠フくせにね、と、嫌味ったらしく言われて、やっぱり鳩原じゃない、と思った。鳩原はこんな言い方をしない。どこか冷静に、だけど頭のどこかで、少しだけ動揺もしていた。
「分からないよ」
頭のどこかが動揺しているのを感じ取りながら、私は言った。
「だって鳩原は何も言ってくれなかった。私は確かに人の気持ちを汲み取るのが苦手かもしれないけど、だけど誰だって、何も言ってくれない人の気持ちなんか分からないよ」
鳩原は何も言わない。私はぼんやり鳩原を見据えて、俯いた。
「私たちはきっと、親友なんかじゃなかったんだよ」
▽
お気に入りの曲のイントロで目が覚めた。携帯の目覚まし機能でセットした曲だ。ぼんやりとその曲を聞きながら、天井を見上げた。
「……びっくりした」
私は大切な人がいなくなったショックで夢なんか見られたのか、と、まず一番にそこに驚いた。そうして、起き上がって、目覚ましを止めて、夢の内容をしっかり思い出して、非道い自己嫌悪に襲われた。
「………あー」
夢は人の心の深層心理を表しているらしい。つまりそれは、あの夢が、私の心の奥で本当に思っていることだということだ。自覚していないけど、私は本当にドライモンスターなのかもしれない、とショックを受けた。
「親友じゃなかった」と、夢で私は言った。これは鳩原がいなくなった時にも思ったことだ。何も言い合えていなかった私たちはきっと、親友なんかではなかった。まさか自分でも、本心だったなんて思っていなかった。あれは何も話してくれていなかった鳩原に対しての嫌味とか八つ当たりとか、そんなようなものなのだと思っていた。あれは、私の中のちゃんとした声だったのか。
「…これじゃ二宮さんの言ってたとおりだ」
「お前は、自分がドライモンスターでないことを証明するために、鳩原を親友と呼んでいるんじゃないのか?」
違う。
これにははっきり、違うと言いたかった。だけどこれを言われた時、私ははっきりと否定することは出来なかった。分かりません、とその時は答えた。そうなのかもしれない、とも言った。私には、はっきり否定すら出来なかった。
「ちがう…」
でもきっと、もう一度二宮さんに同じことを問われたとして、私はまたはっきりと否定することはできないのだろう。
▽
「なにしてんの?」
朝、真っ直ぐに私の席に来た犬飼が、朝の挨拶もそこそこに、答えのわかりきった問いを投げかけてきた。私は一瞥もくれずに、「勉強」と一言返した。
「なんでまた」
「なんでってもうすぐ卒業試験じゃん」
一月の末には学年末試験を終え、二月の頭には自由登校になる時期だ。独り暮らしの準備も順調で、すでに行く大学も決まっている。私は鳩原を探さなければいけないが、それ以前に、悩み多き一人の高校三年生だった。
「そうだけど、いつもは勉強なんかしないじゃん。前日にちょこっとやるだけで」
「赤点取りたくないし」
「いつもの調子でやれば赤点なんか取らないでしょ」
どうしたの、と首を傾げる犬飼を見上げて、私は黙った。心情を読み取るのが上手い人間というのは、犬飼のような奴のことを言うのだろう、と漠然とそう思った。
「夢を見て」
「夢?」
「鳩原の夢」
犬飼は驚いて、口を噤んだ。
「鳩原が私を責めるんだ。私の気持ちをわかってないって。それで、私は「鳩原は親友じゃなかった」って答えたよ。そこで、目が覚めたんだけど」
「………変、な夢だね」
「うん、変。だけど、多分私が心の奥で思ってることなんだと思う」
私の思ったままを口にした。犬飼が相手だと、言葉がスラスラと出てくる。犬飼のコミュ力の賜物だろうか。なんか、違う気もするけど。
「鳩ちゃんを親友だと思ってないの?」
「思ってたけど、違うみたい」
「どういう意味?」
「私は勝手にそう思ってたけど、実際は違ったみたいだって。鳩原が居なくなってから思った」
「ふうん」
犬飼はどこか納得していないようだった。まあ犬飼に納得してもらう必要はないのだけど。だけど、犬飼には納得してもらいたくない、と思った。この間から、感情が嫌に漠然としていて、気持ち悪い。
「まあ、夢なんだからそんな気にすることないよ。大した意味なんかないことだってあるし」
「そんなもん?」
「そんなもんだよ。…ねえ、それより俺も勉強するから教えて」
「えー」
「なんで渋るの!?」
犬飼に話して、なんだか少し、心が軽くなったような気がした。
夢と深層心理