「矛盾してるんですよ」
犬飼は難しい顔でそう言った。
なぜだか目の前に、真剣な顔をする犬飼がいる。彼は俺の幼馴染の隊の隊員で、俺の隊の隊員の友人で、そしてその隊員に恋する一人の少年でもあった。
犬飼の恋心を知らない者は少ない。割と最初の方から穂村に想いを寄せていたらしい犬飼の一途さに、周りはすっかり応援モードだ。ただし、一部は除くが。
そんな犬飼は、今、俺の目の前で、難しい顔をしてなにか悩んでいる。犬飼が他の隊の隊長である俺を相談相手にするとき、大体大まかな内容は決まっている。穂村のことだ。穂村の元の性格から犬飼が悩むことなんてしょっちゅうで、最近はなんだかんだとよく頼られている。
だが今回は、まだ良くわからない。
「矛盾?」
俺は問い返す。犬飼は相変わらず難しい顔をしている。
「俺は穂村が好きです」
「う、うん」
「鳩ちゃんのことずるいと思ってるし、親友とか羨ましいとも思ってます」
「うん…?」
なんだろうと首を傾げて、笑顔のまま話を聞く。まあ内容からして、今回もやはり大きな分類で行くと穂村の話なのだと納得する。
「この前、穂村に鳩ちゃんの夢を見るんだって相談されたんですけど」
「鳩原さんの?」
「はい。なんか、鳩ちゃんが夢に出てきて、『穂村に人の気持ちなんか分からない』って言われるらしいんですけど」
「うわあ」
「それで穂村が「鳩原は親友なんかじゃなかった」って言った瞬間、目が覚めたって」
「え?」
穂村はずっと、鳩原さんのことを親友だと思っているのだと思っていた。だからこそA級に上がって、近界に探しに行こうとしているのだと。違ったのだろうか。
「穂村が言うには、ずっと、鳩原さんがいなくなるまで親友だと思ってたけど、実際は違ったみたいだ、って、いなくなったあとで思った…らしいです。多分、心の奥でずっと思ってたことだって」
「ふうん…」
穂村も結構悩んでるんだな、なんて頭の端で考えて、冒頭からの疑問をぶつけてみる。
「それで、何が矛盾してるって?」
「…ああ、それなんですけど」
犬飼は困ったような顔をして、溜息を吐き出した。
「嫌だったんです」
「嫌?」
「穂村が、鳩ちゃんのこと親友だと思ってなかった、って言ったとき」
「…え」
「穂村が鳩ちゃんばっかり見てるのが嫌だ。でも鳩ちゃんとは親友でいてほしいんです。矛盾してるなって、思って」
「…あー、」
苦笑する。悩んでいるのに笑ってしまうのは失礼かもしれないが、つい、ちょっと笑ってしまった。
「犬飼はさ、鳩原さんといる穂村が好きなんじゃない?」
「…え?」
「勿論きっかけとか、他に好きなところはあるのかもしれないけど、一つでも穂村の好きなところがなくなるのが嫌なんじゃないかな」
「鳩ちゃんといる穂村が…」
犬飼は繰り返すように呟いて、俯いた。しばらくそうして、パッと顔を上げた。
「そうですね、俺、鳩ちゃんといる穂村も好きです」
そう言った犬飼のすっきりしたような顔に、俺はほっと安堵する。どうやら悩みは解決したようだ。
▽
「犬飼なんか機嫌いいな」
「ん? そう?」
犬飼に夢のことを話してしばらくして、何故か異様に機嫌の良い犬飼に首を傾げた。犬飼はニコニコと笑顔で私の前の席――今はいない鳩原の椅子に座っている。ずっとニコニコしているのでちょっと不気味だ。
「凩さんって良い人だね」
「は?」
何だ急に、と犬飼を見やり、やはりニコニコ笑っている犬飼からそっと目を逸らした。こわい。
いやそれよりも、犬飼は何を今更なことを言ってるんだ。凩さんが良い人? 何を今更。あの人がお人好しなのは今に始まったことじゃないじゃないか。
「…凩さんが良い人でなんで犬飼の機嫌がいいの」
「んー、内緒」
「うっわ腹立つ」
割とどうでもいいがずっと笑われているのも不気味なので考えてみることにする。凩さんが良い人で犬飼の機嫌がいい。つまり凩さんが何か犬飼に良い事をしたということか。それで機嫌がいい…? そんだけで…? うーんと……あ。
「…え、犬飼って凩さんが好きなの?」
「まってなんでそうなったの」
どうやら違ったらしい。いやだって異様に機嫌がいいからもしかして恋でもしたのかなーと思って。そう言ったら「穂村の考察って大抵が外れてるからやめたほうがいいよ」と言われた。解せぬ。
「まあでも」
「…、」
「恋っていうのは強ち間違ってないかな」
「…え」
それって。
「凩さんに恋に落ちる一歩手前ってこと?」
「穂村はどうしても俺をゲイにしたいのかな?」
また違うらしい。じゃあ誰に恋してるんだよ。また内緒、と言われて、溜息を吐いた。
「(犬飼の好きな人、か)」
何故か少しだけ、心の中がざわついていた。
知りたくない