緋奈様リクエスト
「はあぁ…」
犬飼先輩のその重苦しい溜息を聞いて、俺はびくりと肩を震わせる。溜息のした方を見れば、頭を抱えている犬飼先輩がいて、少し居た堪れなくなった。実際はあんまり突きたくないが、先程の自分の言葉のせいでああなっているのでフォローしないわけにもいかない。
面倒という言葉を顔に貼り付けて、俺は犬飼先輩に近付いた。
「大丈夫ですか、犬飼先輩」
「辻ちゃんちょっとは面倒そうなの隠してきてよ」
「…すみません」
いやいいんだけど、と苦笑する犬飼先輩の前に座って、話を聞く体勢をとる。犬飼先輩の落ち込んでいる理由は間違いなく、先程までここにいた人が主な原因だ。
「まあさ、人の気持ちがわからないドライモンスターなんて言われてるし、気付かないのはしょうがないかなって思うんだけど。普段から的外れなこと言うし。そこもまあ可愛かったりするんだけど?」
「ノロケなら俺帰りますけど」
「あー違う待って待って! …でもさ、ああも気づかれてないっていうかありえないみたいな顔しなくても良くない? ひどいよね?」
はあ、まあ。そうですね。と、正直全く興味が沸かない話なので、つい右から左に聞き流してしまいそうになる。人を案外よく見ている犬飼先輩には目ざとくそれに気付かれて、「真面目に聞いてよ」と睨まれてしまった。いえだって本当に興味がなくて。すみません。なんかあの人俺の苦手な人種っぽいですし。女の人とか関係なく。
「まあ、穂村は初めて会った時からああだったし、別に変わって欲しいとも思ってないんだけどさ」
犬飼先輩はそう肘をつき呟いて、軽くため息を吐き出した。初めて会った時から、って。
「…橘先輩って、噂のドライモンスターですよね? 人の心が分からないっていう」
「はは、まあそうだね。めっちゃ不本意らしいけど俺的には的を射ててなるほどねーって感じ」
「最初からああ≠セったなら、どうして犬飼先輩はあの人を好きになったんですか?」
分からなかった。一見するとあの人は普通だけど、とても冷たいように見える。目つきが悪いわけでもないのに、全てを諦めたような冷めた目はとても冷たくて、酷く、怖く思えた。それに加えて、あの性格だ。犬飼先輩は、あの人のどこを好きになったのだろう。
「…うーん、どうして、かあ」
犬飼先輩は何かを思い出して、慈しむようにふ、と微笑んだ。優しくて、何かをとても大切に思っているような笑みだった。犬飼先輩のそんな表情を見たのは初めてで、俺は少し驚く。
「…俺ねー、最初穂村が嫌いだったんだよね」
「…え?」
「嫌いっていうか、苦手かな。ノリはいいし結構とっつきやすいし人との距離感もわきまえてるんだけど、なんかあの冷たい目がね、苦手だった」
まあ隠して付き合うのは簡単だったんだけどねーと笑った犬飼先輩はいつもの犬飼先輩だ。言っていることは割と最低なことだが、らしい、とも思う。
「でもね、出会ってちょっとした頃に色々あって」
「色々?」
「ナーイショ」
バチン、とウインクをされて、思わず顔を歪めた。男子高校生のウインクはなかなかキツイ。そんな俺を見て、あはは、と犬飼先輩は変わらず笑った。別に追求するほど聞きたいことでもないのでそれ以上は聞かない。それでね、と続けた犬飼先輩の話を聞く。
「穂村がいつからああなったのかは知らないけど、俺が一緒にいることで何かしらの影響を与えられたらいいな、って思ったんだよ」
「…そうなんですか」
肝心な部分は聞けなかったが、なんとなく、なるほどな、と思った。まあ、犬飼先輩がそう思う何かがあったんだろう、ということだけは分かった。言いたくないのなら深くは聞かない。
「まあその役目も鳩ちゃんに取られそうなんだけどさ」
「鳩原先輩? ですか」
「うん、あの二人、友達なんだよね。それは良いんだけどさ、なんか珍しく穂村の方から歩み寄った感じで。良い傾向なんだろうけど、何だかなーって感じ」
「…そう、なんですか」
意外なそれに、素直に驚いた。俺の知っている鳩原先輩は、橘先輩のような人と友達になるタイプではない、と思う。先ほど会ったばかりだが橘先輩も、同様の印象を抱いた。
「どんな形であれ、穂村が影響されるのも、変わるのも良いことなんだけどさ」
犬飼先輩は、何処か宙を見つめ、自嘲気味に笑う。
「やっぱりその役目は俺がいいな、とかさ、考えるんだよね」
そこまで聞いたところで、作戦室の扉が開いた。二人揃ってそちらを見ると、ちょうど話していた、鳩原先輩が顔を覗かせた。
「あ…こんにちは」
「こんにちは、鳩原先輩」
「やっほー鳩ちゃん」
パッと犬飼先輩はいつもの笑みを浮かべて鳩原先輩に手を振った。鳩原先輩もそれに応えて入ってくる。
「さっきまで穂村来てたのに。ひと足遅かったねー」
「穂村? それならさっき会ったよ。ラウンジでちょっと話してきた」
「えええ何それズルい」
「ズルいって言われても…」
苦笑する鳩原先輩と不貞腐れる犬飼先輩を見比べて、溜息を吐き出した。犬飼先輩があんなに色々考えていたなんて知らなかった。正直面倒そうなことを考えているな、とは思ったが、叶ってほしい、とも思った。
「ねー辻ちゃんズルいよね!? 鳩ちゃん!」
「犬飼先輩は一時間くらい勉強教えてもらってたじゃないですか。妥当でしょう」
「辻ちゃんまで鳩ちゃんの味方するー!」
だけどまあ、俺を巻き込まないでくれ、というのが一番の感想だ。
『二宮隊の作戦室にて』その後の犬飼と辻くん