鈴宮様リクエスト


「穂村ちゃん、ちょっといい?」

 とある日の休日、珍しく叔母さんに呼ばれて、私は首を傾げながら部屋のドアを開けた。ドアを開けた先にはにこにこと笑顔を携えた叔母さんがいて、つい、思わず身構えてしまう。

「えっと……なにか?」

 嫌な予感を感じ取りながらも、私は余所行きの笑顔で聞いた。叔母さんはやっぱりにこにこと笑ったまま、あのね、と首を傾げてみせた。お願いがあるんだけど、と続けられた叔母さんの言葉に、思わず固まった。


 ▽


「来馬先輩! 荷物おれが持ちますって!」

 別役太一は、自隊の尊敬する隊長、来馬辰也の荷物を見て、そう声をかける。先程から何度もそう言っているのに、来馬は苦笑するだけで太一に荷物を渡そうとしない。ごめんね、ありがとうと当たり障りのない言葉を述べるだけだ。太一は首を傾げて、もう一度貸してください、と手を伸ばす。

「太一、その袋は卵が入ってるから」

 同じく尊敬する先輩、村上鋼にそう諭されて、太一はえ?と村上の方を見た。卵が入っているのは見れば分かる。どうして卵が入っているから太一が持ってはいけないのか、首を傾げるしかない。そんな太一に、鈴鳴第一の紅一点、今結花が呆れたようにあんたはねえ、と肩をすくめた。

「絶っっ対落とすに決まってるんだから、あんたはそのカップ麺の入った袋を大人しく持ってればいいの」
「ええ、落としませんよ!」
「落とすの! あんたはそそっかしいんだから!」
「まあまあ今ちゃん。太一、この袋も大して重たくないし、このままで大丈夫だから」
「う……はーい」

 来馬にそこまで言われては引かないわけにはいかない。太一は渋々引き下がる。
 今日、鈴鳴第一の面々は全員で食料の買い出しに来ていた。隊員達のちょっとしたお昼として食べるカップ麺や、余裕があるときに作る料理の材料など、恒例として毎回全員で買い出しをすることになっていた。そんな中のことだった。

「うーん……でもおれだって落とさないのになあ……ん?」

 引いたもののまだ少し納得がいかずブツブツとつぶやいていれば、ふと、見覚えのある顔を見つけたような気がして顔を上げた。よーく目を凝らして、その姿を確認する。

「あ! やっぱり! 穂村先輩だ!」
「っ!? うわっ、げっ、太一!?」

 思った通り、太一の尊敬してやまない狙撃の師匠、橘穂村だ。太一は嬉しくなって大声で名前を呼ぶが、何か様子がおかしい。不思議に思って近付いて改めて穂村の姿を確認する。と。

「うっわあ、穂村先輩可愛いですね!」
「あああ、やめろやめろ馬鹿消えろ!!」

 穂村はいつもの進学校の制服やシンプルな私服ではなく、フリフリとした女の子らしい格好をしていた。ピンクや白を基調としたワンピースは、今まで太一も見たことがない服だった。

「太一? どうした、急に走ったりして………って、……橘…?」
「ああああ、もうなんで太一お前村上まで一緒なんだよホント馬鹿」
「? 今日は鈴鳴第一のメンバーで買い出しをしてたからです!」
「理由説明は別に求めてない!!」

 太一を追いかけてきた村上は固まっているし、当の穂村本人は顔を覆って何かぶつぶつと呟いている。状況のよく分からない太一は、ひたすらはてなを飛ばすだけだ。

「…えーっと」
「……」
「とりあえず橘、似合ってるぞ」
「やめろ」

 何となく状況を察したらしい村上がそう告げると、穂村は嫌そうに顔を歪めた。最初は驚いたものの、本心からそう言った村上はそんな穂村の返しに苦笑する。

「ただいつもの服のほうが橘らしいとは思う」
「批評とかしなくていいから!!」

 ああもう最悪だ、と穂村が呟くと同時に、来馬と今の二人を呼ぶ声が聞こえた。サッと青ざめて咄嗟に太一の口をふさごうとしたが、時すでに遅し、太一は大声で二人の声に答えていた。

「もうやだおまえきらい…」
「えっ、穂村先輩!?」

 ズルズルとしゃがみ込んでしまった穂村に太一は慌てる。悪気なんて全くないのだ、太一には。

「あ、穂村ちゃ…ん…? わあ、可愛いね!」
「どうしたの、その格好!? 可愛い!」
「あああもうやめて叔母さんに頼まれて無理矢理着せられただけだから!! 折角だから外に出てきなさいって言われただけだから!!」

 よりにもよって鈴鳴第一のメンバーに見つかってしまった穂村のメンタルはもう限界だった。これが同級生の当真とか荒船とか、その辺りの笑い飛ばしてくれそうな面々ならまだ良かった。いや良くはないが、メンタル面の話ならまだマシだった。ただ馬鹿にされて穂村の機嫌が悪くなるだけで済むのだから。だが鈴鳴第一はダメだ。怒りに対しての免疫がある穂村だが、羞恥に対しての免疫はない。とにかく恥ずかしさで死んでしまいそうだった。

「恥ずかしがることないのに。本当に似合ってるよ。穂村ちゃんはやっぱり女の子だからこういう服も似合うんだね」
「叔母様のセンス素敵ね…! 橘さんのそういう服って新鮮だわ」
「いや……あの……」
「来馬先輩も今もその辺にしといてやってください」

 いつも澄ました同級生の戸惑う姿を見て、村上が助け舟を出した。友人の荒船ほど穂村と親しくはない村上だが、あまりにもいつもと様子の違う穂村に同情を禁じえない。恐らく本当にこういったことに免疫がないのだろうな、と村上は思う。

「荒船たちには内緒にしておくから」
「……うんありがとう…」

 しばらく顔を覆ってしゃがみ込んでいた穂村だったが、村上のその言葉に弱々しくお礼を言うと、ようやく立ち上がった。しかしこんな姿は新鮮だ、と村上は少し笑う。服のせいかそれともメンタルがズタボロなせいか、何割増しか可愛く見えてしまう。いつもが可愛い≠ゥら程遠い姿なだけに、余計にそう思うのかもしれない。

「(はあ、最悪だ)」

 心なしか痛くなってきた頭を抑えながら、穂村は溜息を吐き出した。お世話になっている叔母の頼みだから断れずに着て外に出たものの、まさか知り合いに出会すだなんて思わない。なんだかどっと疲れてしまった。はやく帰って眠りたい、と穂村は思う。正直、辟易としていた。

 …だから、穂村は気が付かなかった。途中から妙におとなしかった太一が、穂村の写真を携帯で撮っていたことに。

 次の日、当真や荒船、犬飼に携帯で写真を見せられるまで、太一がその写真を使って周りに『師匠自慢』をしていたことなど、知る由もないのだ。

仕方なく可愛らしく着飾った夢主に出会した周りの反応

SANDGLASS