李桜様リクエスト
※犬飼→橘じゃない※


「あ、辻くんだ」
「うわっ」

 高校二年の最初の日、同じクラス、それも隣の席に見覚えのある顔を見つけた私は思わず声を上げた。名前を呼ぶと相手もこちらに気付き、そしてこれでもかというほど嫌そうな顔をしてきた。イラッとはしたが生憎嫌がられるとついつい構いたくなるタイプなので、その日私はその相手……辻新之助を構い倒した。

 私が辻くんと顔見知りだったのは、去年同じクラスだったとか同じ中学だとか小学校だとか、そういう理由ではない。単純に、同じボーダーという組織に所属していて、同い年だから、というのと、私が辻くんの所属している二宮隊の狙撃手、鳩原未来先輩と仲が良いからに他ならない。冒頭のやりとりでも分かる通り私は辻くんからウザがられているし、仲が良いかと問われれば別にそんなこともない。辻くんはそもそも女の子が苦手で、最初は私もその理由で避けられていたのだが私がそれを面白がって構い倒していたら、いつのまにか私に対する女の子≠ニいう苦手要素は克服してしまったらしかった。しかしどうやら私には女の子≠ナあること以外の苦手要素が発生しているらしく。まあ色々心当たりもありつつ、こうして嫌がられる日々が続いている。

「なんであんたと同じクラスなんだ」
「マジレスすると学力が同じくらいだからって理由だろうけどね。ひゃみちゃんはA組だってさー、頭良いねえ」

 そう二宮隊のオペレーターの名前を出せば、辻くんは眉をしかめて「なんであんたがそんなこと知ってるんだ」と聞いてきた。いやあそりゃ校門前で会って一緒にクラス確認したからね。そう返すと辻くんはそれ以上何も言わずに前を向いた。どうやら無視を決め込むらしい。
 始業式と学級開きを終え、二年生はこれで解散となったので私も辻くんもさっさと教室を出る。ついてくるな、と嫌そうな顔をして言われたので「いや私も靴箱行くしなんならボーダーまで一緒だし」とドヤ顔で返してやる。それに苛ついたのか辻くんは前を向き、歩くスピードを早めた。私も慌てて追いかける。いやあ、辻くんの嫌がることって楽しい。
 そんなやり取りをしながら靴を履き替え外に出ると、ふと見覚えのある顔が手を振りながら近付いてきた。

「つーじちゃーん、橘ちゃーん」
「犬飼先輩」
「うわあ、なんか来た…」
「あっははは、橘ちゃんドライモンスター絶好調」

 近づいて来たのは辻くんと同じ隊に所属する一つ上の先輩、犬飼先輩だった。正直この人が一番率先してドライモンスターだとからかってくるから苦手だ。そもそものドライモンスターというあだ名を言い出したのは当真先輩だが、広めた、というか噂の規模を大きくしたのは犬飼先輩だ。どれだけ否定しても聞いてもらえないのでそのまま放っておくことにしている。

「犬飼先輩じゃなく鳩原先輩が良かった……鳩原先輩は?」
「ははは、可愛くないなーコイツは。鳩ちゃんなら今日は二宮さんに呼ばれてるから先に本部行ったよ」
「なんだ犬飼先輩だけかつまんない」
「橘ちゃーん?」

 にこにこと笑いながら私の頭をグリグリと拳で攻撃してくる。うわあうっざ。もうやだこの先輩滅茶苦茶面倒臭い。

「俺先に行きますよ」
「あ、待ってよ辻くん」
「なんで俺がお前を待つんだよ」

 そんな冷たい返しにまあそうだよなとどこか冷静に考えて、犬飼先輩から自力で抜けると小走りで追いかけた。犬飼先輩は逃げる後輩を無理に追いかけたりはしないので、一回抜ければそれでもう終わりだ。犬なのに、と以前呟いたら笑顔で怒られたのでもう言わない。地味に怖かった。

「辻くんの先輩ほんとウザいね」
「同意だけど橘と同じなのがなんか嫌だ」
「ねえちょっとあまりにも私に冷たすぎないかな」

 なんか嫌だってなんだよなんか嫌だって。私だって傷付くんだぞー、と呟くと、はいはいと流されてしまう。うわあひっど。まだ女の子として苦手がられてたときのほうが可愛げがあったのに。
 本部に着くと、お互い攻撃手と狙撃手で訓練室が違うのですぐに道を分かれる。じゃあねーと手を振ると辻くんもなんだかんだ振り返してくれるからやはり真面目というかいい子さが抜けない感がある。一緒に帰ろーねー、と冗談のつもりで言うと顔を歪められたのできっと嘘も吐けない。いやーもうホントに辻くんって分かりやすいね。私がわかるって相当だわ。

「おー、橘じゃねえか」
「うっわ、当真先輩。鳩原先輩は?」
「お前二言目には鳩原だなー。鳩原ならまだ見てねーぞ」
「そうですか。…じゃあまだ二宮さんのとこか」

 呟いて、当真先輩の隣のブースに入って練習の準備をする。すると当真先輩が雑談を持ちかけてきた。

「お前一人で来てんのか? 友達いねーの?」
「は? 失礼な、辻くんと来ましたよ」
「辻? …あー、お前ら同じ学校か」

 当真先輩は頷いて、しかし何やら哀れみの視線を投げかけてくる。どことなくからかうような感じもあった。思わずイラッとして、的から弾を外してしまう。

「橘お前、辻にべったりだなあ」
「…そうですか?」
「そうだろ。仲良いようには見えねーけどな」

 べったり…そうか、と首を傾げながら当真先輩の言葉を反芻して、はあ、と間抜けな声を上げる。まあ、なんとなく分かる。

「ほら、まあ不本意ですけど私ドライモンスターとか呼ばれてるじゃないですか」
「? おう、まあ不本意っつーか俺からしたらまんまなんだけどな」
「はいはい、そうじゃなくて。…まあ不本意ながらも最近、確かに人の感情はよく分からないなって思うことがよくあって」
「………」
「だけど辻くんの嫌がってる感じとかは、私でもなんかよく分かるから。多分、それが心地いいのかもしれないなーって。多分」
「ドエムかよ」
「話ちゃんと聞いてました?」
「聞いてる聞いてる、分かりやすい感情が心地いいんだろ? 分かってるよ」

 隣で笑う当真先輩の声に、少し苛つく。うーん、腹の立つ人だ本当に。

「いやーでもよ、やっぱりお前辻の感情もよく分かってねーだろ」
「は? 分かってますよ、流石に。私のこと苦手だってことくらいは」
「はいはいそーだな」

 当真先輩はニヤニヤと笑ったまま、それ以上は何も言わずに弾を撃ち続けていた。こういうときはどうせ何を言ったところで答えてもらえないのは分かっているので諦めて練習に集中することにする。

「(辻くんの感情……ねえ)」

 弾を撃つ前、もう一度だけ考えてみて、やっぱり首をひねった。


 ▽


「…あれ、辻くん?」
「…橘。やっと来た」

 その日、練習を終えてラウンジに足を向けると、何故だか辻くんが私を待っていた。丁度当真先輩に言われたことを考えていたので、少し驚く。というか辻くんが私を待ってるって珍しいな。

「なにしてんの?」
「なにって、橘を待ってたんだよ。一緒に帰るんだろ?」
「……え」

 辻くんの言葉に驚いて、その場で少し固まる。え、一緒に帰る?と繰り返すと、「別れ際のこともう忘れたのか」と辻くんが首を傾げている。いやいや、そりゃあまあ覚えてますけどね。でもあれって冗談だし、とか、辻くん嫌そうな顔してたじゃん、とか、色々頭に浮かんだものの口には出さず、当然のような顔をして目の前に立つ辻くんを思わず凝視した。

「……私さ、辻くんってすっごい分かりやすいなって思ってたんだけど」
「は?」
「なんか……そうでもないね。たった今全部分かんなくなった」
「……何言ってるんだ?」

 辻くんは言葉の意味が良く分からないようで、眉をしかめて首を傾げている。いやー、私もよく分からないよ。嫌いっていうか苦手な、先輩でもないやつのことをわざわざ待ってるとか、どういう心理状態なの? これ私じゃなくても分かんなくない?

「実は辻くんが一番複雑怪奇…」
「…? 何言ってるんだよ、早く帰るぞ」
「あ、待って。駅前でバウムクーヘン食べてこー」
「……いいけど」
「え、いいんだ」

 やっぱりよく分からない、と首を傾げた。

辻くんと同い年な話

SANDGLASS