「私達は三門市を出て行こうと思うんだ」

 病室で、叔父さんが神妙な顔をしてそう言った。叔母さんも目を覚まして、ベッドの上で起き上がっている。もともと命に別状はなかったらしく、一週間ほどで起き上がれるようにはなっていた。二人は真っ直ぐに私を見ている。私は特に驚くこともなく、「そうですか」とそれだけ返した。
 叔母さんが重症を負ったと言う話を電話で聞いてから、薄々そうなるんじゃないかとは思っていた。だってこんな目にあって、家だってほぼ壊されて、まだ三門市にいようなんてきっと私だったら思わない。きっと、叔父さん叔母さんのほうが多数派だ。

「穂村ちゃんも良ければ、一緒に行きたい…と思っている」
「…え?」

 しかし次に告げられた言葉は予想していなくて、私は驚いた。叔父さんは真剣な顔をしている。

「穂村ちゃん、君は兄さんと義姉さんから預かった大切な子供なんだ。私も妻も大切な娘だと思っているし、これからも家族でありたいと、そう思っている」
「………」
「穂村ちゃんは……あまり私達に心を開いてくれていなかったようだけど」

 叔父さんはそう言って寂しそうに笑った。その笑顔は父さんにそっくりで、ふ、と父さんと母さんの姿が思い出された。何も答えられずに、俯く。

「すぐに返事を、とは言わないわ。お義兄さんとお義姉さんのために入ったボーダーのこともあるし、二つ返事で了承してくれるなんて思ってない。だけど……前向きに考えてくれると嬉しい」

 叔母さんにもそう言われて、私はさらに何も言えなくなった。違う、違うんだよ。私は。


 ▽


「……はあ」

 病院のロビーで、一人溜息を吐き出した。まさか一緒に行こうだなんて言われるとは思わなかった。予想外の出来事に、頭を掻く。

「…一緒にとか…」

 呟いて、また溜息を吐き出す。そうしていると、ふと見覚えのある顔が目の前を通り過ぎた。入院服を着ている。どうしたんだろうと首を傾げながら、声をかけた。

「あ、ねえ君」
「えっ!? あ、はい…?」
「えーと、メガネくん…じゃなくて、何だっけ、えーと…? クガ…? じゃないな、ミ……ミ……ミ……ミソラ…?」
「三雲です。三雲修」

 それだ、と手を打つと、ミソラ…じゃない、三雲くんは不審なものを見る目で首を傾げた。頭やら色んなところに怪我をしている。ボーダー隊員なら換装を解かない限りこんなことにはならないはずだが、一体どうしたんだろう。
 考えていると、三雲くんが遠慮がちに「えっと……どちら様ですか…?」と聞いてきた。

「あ、ごめんね。私はボーダー隊員の橘穂村です。一応A級の凩隊ってとこの狙撃手で……だから怪しい者じゃないよ」
「え、A級隊員…」
「そうそう。君有名だからこっちが一方的に知ってただけなんだよね。そりゃあ私のこと知らないわ、話したことないし」
「は、はあ…」

 うんうんと一人納得していると、三雲くんはやはり怪しい者を見る目でを私を見た。いや、まあそりゃA級隊員って言われても怪しいものは怪しいわな。

「ところで三雲くんその怪我は?」
「え? ああ……えっと、ちょっといろいろ無茶をしまして…?」
「え、もしかして換装解いたとか?」
「……はい」
「うわあ、見かけによらず馬鹿だね」
「でも、お陰で守りたいものは守れたので」
「……、」

 少し、固まった。あ、これ私が苦手な感じだなとそれだけ理解する。大切なものを守りたいがためにこんな怪我をするなんて私には理解できない。だって凄い痛そうだ。そこまでして、何かを守りたいと思えるそんな感情は知らないし、知りたくなかった。だって理解してしまったら、第一次侵攻の時、少しだって私の頭に浮かばなかった父さんと母さんが私の中で大切じゃなかったみたいじゃないか。そんなのは違う。二人は私の大切な人だった。

「ふーん、そっか。良かったね」
「はい」
「なんか怪我ひどいのに引き止めてごめんね」
「あ、いえ…」

 三雲くんは頭を下げて病室に戻っていった。それを見送って、また溜息を吐き出した。

「どーしよ」

 何も解決しない。


 ▽


 その日の翌日、冷静に考えてみると三雲くんにはかなり怖い思いをさせたんじゃないかとハッとした。いや冷静に考えなくたって分かることだけど、いやなんで私あんなにフレンドリーに話しかけたんだろう。いやホント。よくよく考えるとあの時はいろいろ考えてて冷静じゃなかったのかもしれない。
 というわけで改めて三雲くんに謝るため、私は病室の前に来ていた。

「(…やっぱり私冷静じゃないな)」

 病室の前で真顔でそう思う。いや、うん。どうしたんだろうこの行動力。やっぱり人間冷静さって大事だな、うん。鳩原が近界に行ったのもきっと冷静さを失ってたんだ。そうに違いない。

「失礼しまーす」

 そう呼び掛けて、扉を開けた。お詫びにバウムクーヘンを買ってきたのでもう帰るわけにはいかない。いや帰って私が食べてもいいのだけどそれは……なんかそっちのほうがいい気がしてきたバウムクーヘン食べたいでももう病室入っちゃったしなうん。もうしょうがない。いざ三雲くん。

「あら、お客さん?」
「…あれ」

 しかし病室に三雲くんはいない。いるのは若い女の人だけだ。綺麗な人だなー、三雲くんのお姉さんだろうか。

「どうもこんにちは。三雲く……修くん?の先輩です橘穂村です。あ、これつまらないものですが」
「あら、ありがとう。バウムクーヘンね」
「はい美味しいのでどうぞ。…それであの、修くんはどちらに?」
「修ならお手洗いに。多分、すぐ帰ってくると思うのだけど」
「ああ、そうですか」

 じゃあ待っとくか、と頭の端で考えて、お姉さんに促されるままに椅子に座る。

「…でも大変ですね、弟さん」
「…え?」
「え? お姉さんですよね? 修くんの」
「いえ、母です」
「え」
「母です」

 ……。絶句して、少しの間固まった。うわあ。

「ごほん、失礼しました。お若いんですね」
「いいのよ、ありがとう」
「それで……その、会ったばかりでお母さんにこんなことを聞くのはどうかなと思うんですが…」
「何かしら」
「こんな目にあった息子に、ボーダーを辞めさせたいと思いますか?」

 直球に聞きすぎただろうか、と若干不安になりつつ、ジッとお母さんの返事を待った。

「…あなたは、辞めたほうがいいと思います?」
「え」

 まさかの質問返しに、少し戸惑う。

「いや、本人の自由かな、と思います」

 三雲くんのことを正直よく知らないので、当たり障りのない、しかししっかり私の考えを述べた。

「…誰も、修にボーダーを辞めたほうがいいとは言わなかったのよ。あなたも含めてね」
「え」
「なんでなのかしらね」
「……はあ」

 なんでなんでしょうね、と私もわからず首を傾げる。いや正直三雲くんに会ったの昨日がほぼ初めてみたいなものだし、三雲くんの事情はよく知らない。でも。

「…多分、なにか目的のために一生懸命、だからじゃないですか」

 なんとなく、思ったことを口にした。昨日話してみて苦手だとは思ったけど、どこか少し、本当に少し、似ていると思った。きっと目的のために走っているところだ、と思う。

「あなたはそう思うのね」
「うーん、まあ分かりませんけどね」

 そう苦笑いしたとき、三雲くんが戻ってきた。

「あら修、遅かったのね」
「え、いや普通だよ……っていうか、橘…先輩? なんでここに…」
「いやーお見舞いと、昨日のこと改めて謝りに。急に話しかけて怖かったでしょごめんね」
「い、いえ…?」
「あ、バウムクーヘンお母さんに渡してあるから。退院したら食べな? 日持ちするか知らないけど」
「はあ……ど、どうも…」

 それだけ早口に告げると、三雲くんに手を振って部屋を出た。さてと、叔父さんと叔母さんのところに行かなければ。なんとなく、悩みが解決したような気がする。

冷静じゃないんです

SANDGLASS