「私は三門市に残ります」
叔父さんと叔母さんにそう告げる。驚いたような、しかし分かっていたというような、そんな顔をした二人は、困ったように眉を下げた。
「…ボーダーを辞めたくないからかい?」
「はい」
「兄さんと義姉さんのためにボーダーにいたいって言うならそれは…」
「違うんです」
はっきりと、否定の言葉を口にした。私はボーダーに入るとき、保護者の許可欲しさに二人に嘘を吐いた。ボーダーに入りたい理由について、だ。
「私は別に、父さんと母さんのためにボーダーに入りたかったわけじゃないんです」
「…え」
「嘘を吐いてごめんなさい。本当は、お金が欲しくてボーダーに入ったんです。…独り暮らしがしたくて」
叔父さんも叔母さんもショックを受けているのか、何も言わない。しかし私はどこか冷静に、淡々と続けた。
「二人はいい人たちだったけど、私には他人でしか、なくて……すみません、家族だって言ってくれたのは嬉しいんです。だけど…」
「……」
「…二人のことは大好きです。父さんと母さんと同じくらい。…でも、家族としては見れなかった」
二人はいつも私を家族のように扱ってくれたし、家族だと思ってくれていた。だけど私は二人をそんなふうに見れなくて、逆にとても、辛かった。二人は私の中で、どうあっても叔父さんと叔母さんでしかなかった。
「……ごめんね、薄々気づいてはいたんだ」
「…え」
叔父さんが、ポツリとそう言った。その内容に驚いて、叔父さんを見る。
「穂村ちゃんがボーダーに入りたいと言った本当の理由も、居心地が悪いと感じていたことも。それに、一番最初の侵攻のときから、少しずつ穂村ちゃんが変わっていっていたのも」
「…え…?」
変わった?と首を傾げたが、叔父さんは苦笑するだけで教えてくれない。叔母さんの方を見ると、叔母さんも苦笑している。
「もしかしたら、こんな事があった後ならついてきてくれるかもしれない、と思ってああ言ってみたんだ。駄目だったようだけど」
「…すみません」
「いや、いいんだ。こちらこそすまなかったね」
叔父さんはやっぱり寂しそうに笑った。私はきっと酷いことをしている。突然転がり込んできた私を鬱陶しがらず、それどころかここまで世話してきてくれた人たちに、離れたいだなんて。自覚はある。だけど、どうあっても私は三門市を離れるわけにはいかなかった。
「…探しに行かないといけない人が、いるんです」
「…、え?」
「きっとそれがなくても私はここに残っただろうけど……今、ここを離れたくない一番の理由です」
言わなければいけない、と、そう思った。こんなに酷いことをしているんだから、せめて理由くらい、言わなければいけない、と。
「…探しに、って、もしかして近界民の…?」
「はい。ごめんなさい、機密事項なんでこれ以上詳しくは言えないし、今言ったことも口外しないで欲しいんですけど」
そう言って、今話せることを頭の中で整理していく。今、二人に話せることは。
「…親友、だったんです、その子は」
「……、」
「だけど、いなく、なっちゃって。…詳しくは言えないんですけど、色々あって、私はもしかしたらあの子の親友なんかじゃなかったんじゃないかって」
「……」
「そう思ったし、言われて。それで、私はそれを確かめたくて、その子に会いに行きたいんです。だから、私はここを離れられない。離れたくない」
言い切って、息を吐いた。大事なことは隠しているし、何を言っているか分かったもんじゃないだろうがしかし、私にこれ以上は無理だった。恐る恐る、二人を見た。二人は、悲しいくらい優しい顔で、笑っていた。
「…良かった」
「…え?」
「兄さんと義姉さんを同時に失って、更に友達も……その、亡くなっていただろう? …だから、今穂村ちゃんがちゃんと大事な人を作ってくれているのが、嬉しくて」
「…叔父さん」
「ありがとう穂村ちゃん、話してくれて。ぼかしていたけど、これもきっとあまり話しちゃいけないことだったんでしょう。穂村ちゃんならきっと大丈夫だから、頑張りなさい」
「…叔母さん」
正直、とても嬉しかったし、心が暖かくなる心地がした。ほらみろ、私にもちゃんと心はある、とボーダーの皆に言いふらしてやりたかった。どこまでも優しくて、温かい人たちだ。私にはもったいないくらい。優しい言葉を、かけてくれる。…だけど。なのに。
「(どうして、涙が出てこないんだろう)」
私は四年前のあの日から、一度だって泣くことができていなかった。
▽
「あっ、穂村〜、お見舞い終わった?」
「…犬飼、まだいたの」
「うん、一緒に帰ろうと思って」
叔母さんの病室から出て、ロビーに行くと、一緒に病院までついてきていた犬飼がまだ残っていた。嬉しいような沈んでいるような、よくわからない心持ちで犬飼の言葉を聞いて、いつものように「まあいいけど」返した。
「…? なんかあった?」
「え、なにが」
「なんか元気ないよ」
言われて、やっぱり分かるんだ、と思った。犬飼はいつも私の心の機微を理解している。きっと人をよく見ている犬飼だからこそだろうし、だから私とこうして、誰よりも長い時間一緒にいても友達でいてくれる。
「…犬飼」
「ん? なに?」
「嫌だったら断っていいんだけど」
「うん? なになに? 穂村の頼みなら澄晴くんなんでもしちゃうよ〜、胸でも貸す?」
元気づけようとしてくれているのか、茶化すようにそう言った犬飼の言葉にうんと頷いた。犬飼がぴしりと固まる。そして今度は慌てだした。相変わらず忙しい。
「えっ、泣くの? 大丈夫? 泣きそう?」
「泣かねーよ。…やっぱいい」
「あーごめんごめん、貸すから! あ、でも待って人のいないとこ行こう、なんでも聞くから」
やっぱり犬飼は気が利くし、とても優しい。私にはもったいないくらいの友達だ。私はいつもあんな扱いをしているのに、どうしてなんだろう。なんとなく今は考えるのが億劫で、思考をやめた。
人のいないところに来て、私は犬飼の胸に額を置いた。犬飼の心臓の音が聞こえた。結構聞こえるものなんだなあ、とぼんやり考えながら、ぽつりぽつりと話し出す。
「叔父さんと叔母さんが、三門市から出て行くらしくて」
「うん」
「私は最初っからついて行く気はなくて、でもなんて言おうって考えてて。ボーダーに入るときも死んだ両親のためとか嘘吐いたから、今回もそうしようかなって、…嘘を、吐いて誤魔化そうかなって思ってて」
「…うん」
「でも三雲くんのお母さん……あ、玉狛のメガネ君知ってる? その子とそのお母さんとちょっと話して」
「えっいやなにその謎の繋がり」
「いやそれはどうでもよくて」
「いやいやよくな……あーうんもういいようん…」
苦笑いしながら続きを促された。首を傾げながら、まあいいかと私も続きを話す。
「三雲くんは目標に向かって頑張ってて、三雲くんのお母さんは三雲くんのことを尊重してるな、って思って。心配はしてるし反対したい気持ちはあるだろうけど、三雲くんの気持ちを一番に考えてるな、って」
「うん」
「だから、っていうか、叔父さんと叔母さんならちゃんと聞いてくれるかなって思って、全部気持ちを話した」
「うん」
「そしたら、笑ってくれた。大事な人がいるんだねって。話してくれてありがとうって。すごく優しい顔で、笑ってくれた」
「…うん」
「だけど、涙が、出て来なくて」
そこまで言って、思わず言葉を止めた。結局私は自分のことばかりだ。叔父さんと叔母さんとようやく向きあえて、嬉しかったのに、涙が出ない。鳩原がいなくなった時も、近界に行ったと聞いた時も、涙なんて全く出てこなかった。お父さんとお母さん、それに友達が死んでしまった日に流した涙だって、結局は自分のために流した涙だった。逃げてしまってごめんなさい、と、許しを乞う涙だった。私は自分勝手だ。こんなにも支えてもらっておいて。
「…穂村はさ、ドライモンスターだなあっておれも思うよ」
「……、は?」
急に犬飼がそんなことを言い出して、思わず顔をしかめた。何だ急に。
「冷たいし暴言吐くし人と関わる割に人のことなんて興味ないって感じだし」
「……」
「だけど誰よりも臆病なんだ。人との関わりは持っていたいけど深く関わって傷付きたくないって。だから人の気持ちが分からない、っていうか無意識に分かろうとするのを拒否してるのかな」
「……」
「涙が出てこないのはきっと鳩ちゃんに会った時のために溜めてるんだよ。溜めた分、鳩ちゃんに会ったら止まんないくらい泣いちゃうんだよ」
茶化すようにそう言って、犬飼はさっきの叔父さんと叔母さんのように優しく笑った。やっぱり涙は出て来なかったけど、さっきよりは心がずっと軽かった。
「…犬飼ってなんでモテないんだろ」
「ん!? いやいやモテるよ!? なんで!?」
「いやだって初めて会ったときからずっと彼女いないじゃん」
「だから好きな子がいるんだって」
そういえば、前にそんな感じのことを言っていた、と思い出した。…好きな子か。犬飼の、好きな子。
「…凩さんだっけ?」
「そのネタもういいよ」
考えたくないと思うのは、犬飼の言う通り私が臆病だからだろうか。
涙の出ない理由