花園蓮香様リクエスト
「…髪切ろっかな」
昼休み、ふと犬飼と一緒にお昼を食べながらそう呟いた。すると犬飼がピクッと反応して、こちらを凝視してきた。その視線がウザったくて顔を顰めるが、犬飼は気にした様子はない。なに、と訝しげに聞くと犬飼は眉を下げて、少し残念そうな顔を作った。
「穂村、髪切っちゃうの?」
「…? まあ、うん。ウザったいし、鳩原が居なくなってから前髪以外は放置だしそろそろ本当に切りに行こっかなーって」
「えー、勿体無いよ。そのまま伸ばせばいいのに」
「いや別にこのままでも良いんだけどさ。この前の入隊式のときにいた雨取千佳ちゃん……トリオンモンスターの子なんだけど。その子の髪型可愛かったからさ、私も短くしたくなった」
そう言って髪を人差し指と中指で挟んでこのくらい、と示して見せれば、グッと犬飼が言葉に詰まった。
「…穂村って意外と女子っぽいとこあるよね。好きな物バウムクーヘンだし」
「意外とってなに。ぽいも何も女子だし。バウムクーヘンは美味しいじゃん」
「うんなんか穂村ってバウムクーヘンとかより和菓子とか好きそうなイメージが」
「和菓子? 別に嫌いじゃないけど。…凩さんがわらび餅好きだな。あれって和菓子だっけ」
「なんか穂村と凩さん好きな物のイメージが逆なんだよね。凩さんがバウムクーヘンとか好きそう。王子顔だしな」
「あー、まあ黙ってれば今時イケメンだよね」
なんとなく分かる気がする、と二人で頷いていると、犬飼がハッとして「いやいやそうじゃなくて!」と机を叩いた。やめろそれ私の机だそこの野郎。
「切らない方がいいよ! 似合ってるし!」
「えーでも髪洗って毎日乾かすのも大変なんだけど。犬飼は男だし分かんないかもしれないけどさあ」
東さんとかボンとかなら分かりそうだけど、と頷いていると、「だからそうじゃないんだってば!」とまた犬飼が机を叩いた。おい、だから私の机だってば。やめろよ馬鹿。
「だってずっと穂村ショートだったし今の髪型新鮮でいいなーって思ってたし」
「えーでもさあ…」
「お前ら何言い争ってんだ?」
そんな会話をしていれば、ふと私と犬飼以外の声が聞こえて、そちらを見た。立っていたのは荒船で、手には数学の教科書を持っている。確か次の授業は数学だった。もうそんな時間かと時計を見ると、まだ昼休みは半分ほど残っていた。
「荒船。早くない?」
「ああまあな。今日宿題で出たとこ当たるからお前と答え合わせでもしようかと思ってよ」
「…あー、あれか。荒船が当たるってことは私も当たるな。分かったいいよ、すぐ食べるからちょっと待って」
「五分あればいいしゆっくりでいいぜ。…つーか何の話してたんだ?」
「あ、そうそう荒船聞いてよ穂村がさー」
私の隣の席に座った荒船に犬飼が先ほどの会話を簡単に話していく。こんなしょうもないことをこれだけ仰々しく語れるのだからやはり犬飼はコミュ力モンスターだ。粗方の概要を聞き終えた荒船は、目に見えてどうでも良さそうな顔をしていた。
「うわあ、心底どうでもいい話聞いた」
「どうでも良くないよ! ねえ穂村!?」
「いやさっきまで私もどうでもいいと思ってたんだけどなんか人に言われるとイラッとした」
「だってよー、髪なんか好きに切りゃいいじゃねえか。そもそも橘の髪が伸びてるなんて今言われて初めて気付いた」
「その通りだしそれでいいんだけど荒船に言われるとなんでこんなイラッとするんだろ」
あれだな、自分で言うのはいいけど人に言われるとなんかイラッとする謎の法則。あれって名前あるんだろうか。別に知りたいとは思わないけど。
「やっぱ切ろう」
「えーなんで!」
「だから邪魔くさいからだって」
「邪魔じゃなければいいの? …あー、えっとじゃあ髪切るのもうちょっと待ってよ、ね」
「えー……いや別にいつでもいいんだけどさ」
どうせなら思い立ったが吉日と言うし、今日にでも切りに行こうかと思っていたのだが。まあ犬飼に何か考えがあるようなのでそれに付き合ってからでもいいかと溜息を吐いた。頷くと犬飼は嬉しそうな顔をした。犬飼はよくこういう顔をする。嬉しいという感情はわかるけど、どうして私の言葉でこんなに嬉しそうにするのかはよく分からない。感情表現の仕方が大袈裟なだけだとは思うが、なんとなく気になってしまう。まあしかし、私は犬飼のこの顔が嫌いではなかった。頷いた甲斐はあるというものだ。
「おいお前ら昼休終わるぞ、早く食べろよ」
「あ、ホントだ。答え合わせの時間なくなる」
「穂村絶対に切っちゃ駄目だよ!」
「分かったってば」
しつこいな、と呟きながら、私は弁当の最後の一口を食べ終えた。
▽
「はい、これ!」
次の日の朝、学校に行くと挨拶より先に犬飼に何かを差し出された。驚いて椅子を引く体勢のまま固まってしまう。小さい、見覚えのある包みに包まれている。これは確か、駅前のアクセサリーショップの袋だったか。
「…なに?」
「あげる」
「え、いらない…」
「いいから! 俺がもらっても困るし!」
「お姉さんにあげれば? 二人いるって言ってたよね?」
犬飼のコミュ力の高い理由を教えられた時、そんなことを言っていたと思い出してそう言うと、犬飼が少し不機嫌そうな顔をした。
「せっかく穂村に選んだんだからそんなこと言わないでよ」
そう言われて、確かに今のは失礼だったと反省する。いやでも、あの店の何か、ということはかなり可愛いものなんじゃないのか。嫌いではないし見るのは好きだが、実際に自分で使うとなるとなんだか気が引けてしまう。
しかし犬飼がせっかく買ってきたと言うし、貰わないのは失礼だろう。
「…ごめん、もらっとくよ。ありがとう」
「! うん!」
犬飼は目に見えて嬉しそうな顔をした。「開けていい?」と聞くと、ブンブンと首を縦に振る。袋を破らないように開けて中身を出してみると、出てきたのは三角の形をした、青色のバレッタだった。シンプルな模様に形のそれは私の好みだ。
「…バレッタ?」
「うん、可愛いでしょ、それ」
「いや、可愛いけど」
「貸して貸して、付けたげる」
犬飼はそう言うと私の後ろに周り、ポケットからクシを出して私の髪を梳き始めた。どうやら今髪をセットする気らしい。もうすでに来ていた周りの子が何だと注目しだした。うわあ、最悪だ。
「ちょっと犬飼…」
「あ、動かないで」
「…はい」
まさか犬飼の言いなりになる日が来ようとは思わなかった。微妙な気持ちになりながら、動かずジッと前を向いて待った。周りにわらわらと女の子が集まってくる。そういえば穂村ちゃん髪伸びたねー、と声を掛けられる。どうやら荒船に限らず皆あまり気にしていなかったようだ。犬飼が少数派だったのだろう。
しばらく犬飼の好きにさせていると、最後に机の上に置いていたバレッタを髪につけて、出来た!と声を上げた。「誰か鏡持ってない?」と犬飼が周りにいた女子に声を掛けると、一人が鞄から少し大きめの鏡を取り出した。多分メイクをするためのものだろう。私も小さい鏡なら持っているが、大きいのは流石に持っていない。
「はい、どう?」
「…おお」
「わあ可愛い! 犬飼くん器用だねー」
後ろを一本の緩い三つ編みにして纏めて、そこに飾るようにバレッタを付けているようだ。可愛い。多分私はこれ出来ない。先ほど誰かが言ったように、犬飼は本当に器用だ。
「どう? 髪切るの考え直した?」
「…え、これのためにわざわざ買ってきたの」
「そうだよ! 切らないほうがいいのに頑なに切るとか言うからさあ」
そうは言うが、普通そこまでしないだろ、と思う。確かに完全に切る気は失せてしまったがどうして犬飼がここまでするのだろう。髪の長い女子のほうが好きなのだろうか。
思案していると、犬飼の周りにわらわらと女子が集まってきていた。
「ねえ犬飼くん私もやってよ」
「あ、私もー」
人気だなー、とそれを見ていると、犬飼がへらりと笑ってそれを制した。
「ごめんねー、俺は穂村限定の美容師だから」
「えー、なにそれ」
ほんとなんだそれ。犬飼の冗談めいた言葉に皆笑う。
私は犬飼にセットしてもらった髪を触りながら、まあ長いのもいいかな、なんてひとり笑った。
犬飼に髪留めをプレゼントされる