雨取千佳ちゃんは人が撃てない。荒船隊と諏訪隊との試合の時、感じた既視感はこれだった。千佳ちゃんが建物を壊してばかりで、人を撃っていなかったからだ。ただあの試合だけではちゃんとしたことは分からないし、ただの考えすぎかと思っていた。だけど、今回の試合と二宮さんの言葉を聞く限りそうでもないようだった。千佳ちゃんはきっと、人が撃てない。鳩原と、同じだ。

「…はあああ…」
「……」
「ちょっと待ってよユズル無視しないで先輩があからさまに溜息吐いて落ち込んでるんだからちょっとくらい気にかけて」
「面倒くさい……ちょっと放して」
「ねー相手してよユズル慰めてー悩んでるんだよー」
「うっざい」

 あまりそうであって欲しくなかったことが現実になって落ち込んでいる私の傍を、ユズルが無言で通り過ぎた。それに縋りつくように引き止めると、案の定滅茶苦茶嫌そうな顔をされた。うっわあひどい。もうちょっと私に優しくしてユズルくん。

「ほらほらユズルも訓練に来たんでしょ? 私の隣使いな?」
「……」
「やめてあからさまに嫌そうな顔しないで」
「嫌そうなのは分かるんだ」
「流石にそこまであからさまなのは分かるよ」
「じゃあ放してよ」
「やだ」

 ユズルの腕を掴んで暫く放すまいとしていると、ユズルは諦めたのか私の隣のブースに入った。よしよしユズルは大体粘れば面倒になって折れてくれる。最近なんとなく扱い方が分かってきたぞ。

「…で、なに?」
「ん? なにが?」
「……」
「待って待ってどっか行こうとしないで。え、ごめんほんとになにが?」
「悩んでるって言ったのあんただろ」
「…え、うん?」
「……」
「……あ、もしかして聞いてくれようとした?」
「……」
「あーごめんごめん私が悪かったから行かないで」

 いやだってこんな嫌嫌隣に座ってくれたのにまさか話を聞こうとしてくれてるなんて思わないじゃないか。嫌そうなのはわかったんだけどな……その中の細かい感情はよく分からない。

「いやーありがたいけど大丈夫だよ」
「…もう絶対聞かない」
「えーごめんってばまた何かあったら聞いて」

 いや、いつもならユズルが聞いてくれる聞いてくれないは関係なく勝手に話すのだが、今回は流石にユズルには言ってはいけないと思った。それは千佳ちゃんが鳩原と同じで人を撃てない体質という話だからではなく、もっと単純な話、次の千佳ちゃんの相手がユズルの所属する影浦隊だからだ。人が撃てない≠ネんて重要な弱点を、まさか私の口からユズルに言うわけにもいかない。
 拗ねてしまったユズルのご機嫌をとるため頭をグリグリと撫でていると(余計に機嫌が悪くなった)、当真が私とユズルのところまで来た。

「よお、珍しいなお前らが並んでんの」
「いやあユズルが私の隣に来たいって言うからさあ」
「嘘言うなよあんたが引っ張ってきたんだろ」
「橘その嘘は流石にすぐ分かるだろ」
「あ、やっぱり?」

 ユズルあからさまに私のこと嫌いだもんね。見りゃすぐ分かるくらいに。いやあほんとヘコむわー。影浦もゾエさんも仁礼ちゃんもフレンドリー(影浦がフレンドリーかどうかは置いといてまあ嫌われてはいない)なのにユズルは本当に私に冷たい。まあ面と向かって私自身がなんか嫌だって言われたしな。未だにそのなんか嫌だ≠フなんか≠ェ分からない。あれか、生理的に受け付けない的なやつか。どうしようもないなそれは。うん。まあしょうがないかな。私には関係ないけど。

「あー、どっちでもいいんだけどよ、ここ荷物置いてくから見といてくれねえか? ちっと野暮用が出来てな」
「なんだトイレか」
「皆まで言うなよ女子だと思って気ぃ使ったのによ」
「マジかーごめんリテイクで」
「アホか」

 バシ、と軽く私の頭を叩いて当真は訓練室を出て行った。急いで戻って来なきゃ訓練始まるぞオイ。珍しく来たと思ったら遅刻とか笑えないからな。
 それから暫く適当に好きに撃っていると、ふと見覚えのある女の子二人が入り口から歩いてきた。千佳ちゃんと、確か私の担当した入隊指導の時にいた女の子で……夏目出穂ちゃん、だっただろうか。あの二人仲良くなったのか、と少し驚いた。うーんまあ、あの壁ぶち抜き事件のあと出穂ちゃん千佳ちゃんのことすごいって褒めてたしな。同い年のようだし、仲良くならないわけがないか。あの時入ってきた狙撃手の女子はあの二人だけだったし。いいなあ私の時は一緒に入った子が早々に辞めちゃったからな。あれから連絡も途絶えているし、悲しい。

「橘さん」
「えっ、…なに?」
「そこ退いて」

 久し振りにユズルに名前を呼ばれたと思ったら、不躾にそう言われて思わず固まった。うわあちょっと、なんですか。ユズルくん? 私一応年上で先輩なんですけど。ちょっと。その言い草はないんじゃ。久々にちゃんと名前呼んでくれたの嬉しかったのに。いっつもあんたとかばっかでさあ、

「いいから退いて」
「えーもうちょっと頼み方ってのが」

 と、文句を言う私にユズルが顎で後ろを指してみせた。後ろには千佳ちゃんと出穂ちゃんの二人がいて、二つ並びで空いてるところないね、と話している。ユズルの手には当真がさっき置いていった鞄。そしてそれを私のところに置こうとしている。当真の鞄が置いてあったところを見ると、その隣のブースが一つだけ空いていて、当真の鞄がなくなったことで二つ並びになっている。全てを理解して、にやあ、と笑ってそこを退いた。多分いつものお絵描きゲームをするので当真と隣がいいのだろう。ユズルはニヤニヤと笑う私に嫌そうな顔をしながらも空いたそこに当真の鞄をドサリとおいた。空いたよ、とユズルが二人に声を掛けると、二人は私と鞄の持ち主のことを気にした。鞄に関してはユズルが知り合いのだから大丈夫、と言ったが私に関してはこちらをちらりと見て目で話すよう促してきた。うーんまあ私のことはユズルが言っても意味ないもんねうん。

「私もいいよ。ユズルがどうしても可愛い女の子二人と隣がいいって言うから…いてっ」
「違うから」
「ごめんてば怒んないで。…あ、ほんとに大丈夫だよ私そこの一つ空いてるとこ行くし」

 そう言って移動すると、すれ違い様に二人が頭を下げてお礼を言ってきた。いやあ素直な後輩って可愛い。ユズルもこのくらい素直ならいいのに。…いやユズルは素直であれなのか。なんか悲しい。
 違うブースに移動して改めて狙撃の準備をしつつちらりと千佳ちゃんを盗み見た。あの子は、鳩原と一緒で人を撃てない。三雲くんと同じ隊ということは、あの子も遠征を目指しているのだろう。人を撃てないままだと、鳩原のように遠征に行けないかもしれない。遠征に行けなかったら、また鳩原のように…、

「……考え過ぎか」

 考え過ぎ、だったらいい。

考え過ぎならいい

SANDGLASS