vs音駒高校

『すみませんが明日は迎えに行けなくて……言い出しっぺなのにすみません』

 昨日、帰り際にそんな事を言われたので、今日はいつものように駅から歩いて登校中です。

「あー、眠いー」

 っていうか昨日かなり遅く帰ったのに帰って来た事お母さんに全く気付かれなかったんですけど。悲しい。…いや悲しくない。別に慣れてるし。とまぁ、ぼんやりと欠伸をしながら学校までの道を歩いていれば、不意に道の端にプリン頭の男の子がいるのを見つけた。……赤いジャージ……見たことないな……こんなとこで何やってんだろ。

「…あの、」
「、っ、!?」
「あ、ごめんなさい驚かせるつもりは…」

 案の定驚いて手にしていた携帯を落としそうになっている姿を見て、何だか申し訳なくなってくる。プリン頭に猫目のその子は私を怪訝そうな顔で見て、「…何?」と警戒しながら問うてきた。…何か猫みたい。

「あ、えっと、何してるのかなって、思って」
「…迷子。多分」
「え。…この辺の人じゃないの?」
「うん……東京から来た」

 …ん? 東京? 確か今度試合する音駒?ってとこも東京だったな……もしかして音駒の人かな。…いやまさか。そんな偶然すぎる。

「…あ、えっと名前、なんて言うの?」
「…孤爪…研磨」
「孤爪君?」
「研磨でいいよ……君は?」
「あ、うん。えっと……御国千景です」
「千景……よろしく」
「ウン…? よろしく…?」

 よろしくする程会うのだろうか。いやまあ別に良いけど。内心で首を傾げていれば、孤爪君……基研磨君のお腹が鳴った。…おお、中々大きい音だ…

「…うーんと、」
「?」
「あ、あった。…今これしかないけど、食べる?」

 ポケットから半分ほど残ったキャラメルの小箱が出てきたのでそれを差し出した。研磨君は暫くそれを見つめていたが、ふ、と笑ってそれを受け取ってくれた。…おお、笑った…

「…ってヤバっ、遅れる…! っていうか完全遅刻だ…! ごめん、またね!」
「…あ、待って」
「え?」

 腕を掴まれて静止された。おお…ヤバイんだけどな……うんまぁもう遅刻だし良いんだけど。

「…ありがとう、千景」
「、え、あぁうん……お礼言われる程の事じゃないけど、」
「…俺が言いたかっただけだから」

 ふ、とまた笑った研磨君にドキリとした。…畜生可愛いな!!
 去り際に日向とすれ違ったがやはり気付かれなかった。…別に悲しくないもんね!!


 ▽


取り敢えず遅刻した事を土下座する勢いで謝った(実際はしていない)。そしたら澤村先輩が苦笑しながら「御国家遠いんだから気にしなくていいんだよ」って言ってくださった本当に澤村先輩マジ優しすぎるマジお父さん!! …いやハイ、反省しますごめんなさい。でもさ、あれだよね、困ってる子をほっとけないっていうかいやまぁそんなガラじゃないけどね! 単に好奇心ですハイ!!それに研磨君そんな困ってる感じじゃなかったし……いやでも、お礼言ってくれたし! …うん。

「何百面相してんの。怖いんだけど」
「してないし月島の目が悪いんじゃないのその眼鏡度あってる?」
「無自覚? 相当やばいから気をつけたほうがいいよ」

 相変わらず月島は嫌味くさい。私も人のこと言えないけど。何なんだよ私のこと嫌いなんだったら突っかかんなきゃ良いじゃんか。ホントは私の事好きなんじゃないの。…ないか。合宿所で、ご飯も食べ終え先生の支度が整うまでボーッとしていた時の事だった。月島の言葉通り百面相してた私に、何故だか月島が突っかかってきたのだ。珍しく山口は隣にいなかった。

「っていうか何?」
「…武田先生の事でも考えてたワケ?」
「、」

 …思考が、一時停止した。その答えは違う=Aだけど――何故。そこに先生の名が出てくる事が可笑しいのだ。

「…なんで」
「図星なの?」
「…違う、けど。なんで?」
「だって君武田先生の事好きデショ」

 ドクンと、心臓が跳ねた。何でバレてるの。よりによって、月島に。なんで。

「バレバレなんだけど」
「…月島」
「先生に恋するとか、君馬鹿すぎ」

 正論だった。潔子先輩も橘も何も言わなかった。私自身ちゃんと気付いていたけれど、他人にちゃんと言われたことはなくて。

「…知ってる」

改めて言われるまでもない。


 ▽


月島side


「…知ってる」

 そう言った御国の顔が、今まで見たことがないくらい真剣で、僕は思わず口を噤んだ。本当は、色々と言ってやるつもりだった。先生に恋するなんて馬鹿。優しくしてもらってるからって、君だけじゃないでしょ、あの人は。先生なんだから。単純。でもその表情と一言で、何も言えなくなった。

「御国さん、お待たせしました…ってあれ? 月島君?」
「、あ、武田先生」
「お取り込み中でしたか?」
「いえ、大丈夫です。行きましょう」

 そう言って武田先生と出ていく御国の笑顔が、何だか痛々しかった。


 ▽


「…ん? け、研磨くん?」
「、…千景」

 5月6日の只今8時50分。練習試合をおこなう予定の烏野総合運動公園球技場で、私は思わぬ人物と再会した。見覚えのある赤いジャージを着た人が数人。あぁやはり音駒のジャージだったのか、と自分の勘を少し恐ろしく思う。目の前に佇むプリン頭の少年――研磨くんは私の姿を見て少しばかり驚いているように見えた。

「千景も烏野だったんだ…」
「うん……私も=H」
「翔陽も烏野でしょ?」
「…ショウヨウ…?」

 そんなのいたっけ、と首を傾げると、丁度日向が研磨くんに絡んできていた。どうやら知り合いらしい、なんて頭の中で理解していれば、研磨くんが日向を指差して「翔陽」と先ほどの名前を口にした。日向は私に気付いていなかったらしく「ぅわっ!? 御国さんっ!?」と驚いている。…うん? ……。

「…あー、…あー! そうか日向って翔陽か! 日向翔陽!」
「えっ!? な、何!?」
「うんごめん何でもない。あーなるほど」
「…?」
「謎が解けたから潔子さんを手伝ってきます」
「えっ、ちょ、御国さん!?」

 なるほど、日向が翔陽か。そういえばそうだった。基本的にあんまり日向名前で呼ばれないから分からなかった。そうか、日向翔陽。明るい名前だったのは覚えてたんだけどちゃんと覚えてなかった。
 潔子さんのところに行くと、不思議そうな顔で見られた。

「知り合いでもいた?」
「え、見えてたんですか?」
「日向が絡んでいってたから、ちょっと目立ってたよ」
「マジですか」

 丁度私が先程いたところを見れば、日向が音駒の先輩らしき人に絡まれている。そこに田中先輩も入っていって、ガンを飛ばしている。なんか似てるなあの二人。結局双方の三年に止められていた。こちらは菅原先輩で、向こうは少し背の低い短髪の人。あの人もお母さん属性と見た。っていうか背同じくらいじゃないか? 西谷先輩ほどじゃないけどあの人もホントに低いなあ。
 なんて考えていれば、音駒の先程騒いでいた人がこちらを…というか多分潔子さんを見て何やら奇声を上げていた。私は見えていないようだ。いつもの事だ。

「騒がしいですねぇ潔子さん」
「そうね」

 あー潔子さん癒やされるなあ。


 ▽


黒尾side


「…お?」

 練習試合後、烏野と一緒に片付け中に少し外に出てみれば、ふと目に入ったモノ。ヒラヒラと枝で靡くタオル。何であんなとこに?と首を傾げて樹の下を見てみると、女の子がいた。いや普通は人の方を先に見つけてタオルが後なんだろうけども。あれは確か、烏野マネの、なんていうか、美人じゃない方。いやこう言ったら失礼だから、影の薄い方、か? …どっちもどっちか。そんな烏野のマネちゃんはどうやらタオルを気に引っ掛けてしまったようで、背伸びをしてそれを取ろうと奮闘していた。背はそんなに低くないみたいだが、高い方の枝に引っかかってしまったらしく苦戦している。俺はふむ、と顎に手を当てて、暫し考えてから彼女に近づいていった。

「マーネちゃん!」
「ぎゃあ!?」

 かなり近くまで寄って見ても気付かないので、耳元で名前……は分かんないから、役職を言ってやった。…あ、確か研磨が千景≠チつってたっけ。

「え、えーっと、く、クロ……ナントカさん」
「クロオね、黒尾。何クロナントカさんって」
「いや研磨君がクロって呼んでたんでそこだけ記憶にあるんですけど他は全く」

 案外モノをはっきり言うらしい。「驚かさないで下さい」と俺を睨み上げるマネちゃ……千景ちゃん?にニコニコと笑顔を向けながら、「何してんの?」と既に答えのわかっている問いを投げかけた。

「いえ、タオルを引っ掛けてしまって。取って下さい」
「…いや取ってあげるつもりだったけどそれって俺から申し出るもんじゃないの?」
「知らないですよ、私に普通の女の子の対応求めないで下さい。人とのコミュニケーションなんてこの体質のおかげで取り方がよく分からないんです」
「さり気なく自虐すんの止めてくれる?」

 反応しづらいそれに笑顔を引き攣らせつつ、枝に引っかかっているタオルを取ってやった。「ありがとうございます」と笑った顔はまぁ可愛い、のだろうがやはり印象は薄い。何となく、千景ちゃんの頬に触れて、ぐいー、と頬を伸ばした。

「!? なんれすか!?」
「いやー、印象ちょっとは濃くなるんじゃねぇかなと」
「いひゃいれす!! 放せ寝癖野郎!!」
「んだと」

 気を抜くと敬語が取れるのか、失礼な事を抜かしたそいつの頬を更に伸ばしてやる。暫く伸ばした後、放してやればやはり睨まれた。

「理不尽だ……」
「寝癖野郎って、千景ちゃんもちょいちょい跳ねてんじゃん、髪」
「気安く名前呼ばないで下さい。御国です」
「ハイハイ千景ちゃん」

 名前を呼び直さなかったのは、千景ちゃんの反応が面白いのもあるが、何となく研磨が呼んでいるのに俺が呼べないというのが気に入らなかったからかもしれない。ムキになって自分の苗字を繰り返す滑稽な姿を見ながら、俺はそう考えて笑った。いやあ影は薄いけど面白い子だ。


 ▽


 …結局。と、まぁ、こう言ってはアレかもしれないが、数回した音駒との練習試合は全て負けてしまった。惨敗だ。しかし確実に成長はしていると……まぁ、素人ながらに思っている。正直なところ、負けたのは結構悔しいし、一セットも取れなかった試合なんて初めてでモヤモヤもする。先程ちょっと黒尾さんに絡まれて苛ついているのもある。ムスッとしていれば更に苛つくことに月島にまで絡まれた。しかしなんだか月島も不機嫌そうだ。

「影薄いんだからうろちょろしないでよ。危ないデショ」
「絡み方が直球過ぎて戸惑ってるんだけど。何なの何でそんな機嫌悪いの」
「別に。トサカに絡まれた」
「トサカ? …あぁ」

 どうやら月島も黒尾さんに絡まれたらしい。まぁ気持ちはわからなくもないので絡まれたことは水に流しておこうと思う。うん私優しいね!

「キミ影薄すぎ。ほんとに幽霊なんじゃないの? あ、幽霊になったらちょっとは影が濃い目の幽霊って事で目立てるんじゃない? 良かったね」
「………」

 ごめんやっぱコイツ嫌い。


「…何なんですか!? 月島のやつ!! 畜生!!」
「まぁまぁ、落ち着けって御国」
「おーちーつーけーまーせーん!! あーもう思い出すだけでムカつくー!! 菅原先輩からも何とか言ってくださいよ!!」
「うん分かった分かった。あ、それ持ってきて」
「あ、はい」

 月島の文句を存分に菅原先輩にぶち撒けながら、しっかりと片付けの手伝いもこなしていく。一緒に音駒のあの背の低い人もいるが私が大声を出しているからか、認識はされているようだ。しかし目線が近いな………しかし先程身長の話を出したら凄い力で肩を掴まれたのでそれ以上は何も言えないでいる。怖い。名前は夜久衛輔さんというらしい。かっこいい名前だ。何だか菅原先輩と並んでいると和む。お母さん同士何か通ずるものでもあるのだろうか。

「御国は見かけによらずよく怒るんだなぁ」
「そうなんだよ、いっつも怒ってばっか。特に月島が絡むと酷いんだよ。なぁ御国ー?」
「そっ………んなことはないですよ?」
「こーら自覚しなさい」
「………はーい」

 コツンと決して痛くはない拳を喰らい、不貞腐れる私を夜久さんがケラケラ笑った。畜生……別に月島限定で怒ってるわけじゃないし…うん。

「御国って面白いなぁ」
「…何かこの流れだと嬉しくない…」

 うーん、解せぬ。

SANDGLASS