天国と地獄

「千景、LINE教えて」
「えっ」
「やってないの?」
「や、やってる…けど。私あんまりする方じゃないよ」
「うん、おれも」

 じゃあ交換する意味って何だ。そう首を傾げつつも、研磨くんと連絡先を交換した。
 そうして音駒と別れて、学校に戻りミーティングも終わり、今私は武田先生に家まで送ってもらっている。

「はあ、疲れましたねー」
「はは、御国さん、走り回ってましたね」
「…武田先生なんか機嫌良いですね?」
「え。…分かりますか?」
「分かります分かります。先生分かりやすいって言われません?」

 「実は…まぁ」と照れたように笑う先生が可愛い。何なのもうめっちゃ可愛い…! きゅんと疼いた胸を抑えて悶ていると先生は心配したような声を上げた。何でもないんですハイ。すみません。

「猫又監督に、『不格好でも頑張ってる姿に着いて来る、頑張れ』って言われたのが嬉しくて」
「、」
「僕は今年、成り行きで顧問になった頼りない教師だけど、それでもバレー部のために一生懸命、できることはしたいと思ってる。正直言うとほとんど何も出来てないし格好悪いことばっかなんだけどね…」
「…っそ、そんなことない!」
「、え?」
「わ、私はその、影が薄いし、何をやったって褒めてもらえなくて、気にかけてもらえなくて……本当は寂しくて、…でも武田先生は気付いてくれて、」

 ドキドキバクバク、何を言ってるんだろう、文脈おかしいな、グルグルと頭の中を色んな感情が支配する中、私は続けた。とにかく先生は不格好なんかじゃないんだよってことを伝えたかった。

「先生に気づいてもらえて、気にかけてもらえて、居場所を貰えたことが嬉しかった。だから、先生は不格好なんかじゃなくて、その…だから、」
「…御国さ、」
「武田先生はっ、私のヒーローなんです!!」
「、…っ!」

 そこまで言って、ハッとする。

「(何言ってんの私!?)」

 もの凄い恥ずかしいこと言った気がする、と思わず頭を抱えた。何だよヒーローって。いや間違ってはないけど! ガキか!!

「…御国さん」
「っ! …ナ、ナンデスカ」
「ありがとうございます。嬉しいです」「…!」

 先生の、それはそれは嬉しそうな笑顔に、私の心臓は見事に撃ち抜かれました。

「っ…ぅぅう……」
「えっ、御国さん!?」
「だいじょうぶですはい…」

 畜生可愛すぎか。
 そんなやり取りをしていると、車が家についた。

「それじゃあ、また明日」
「はい、ありがとうございました」
「いえ。ゆっくり休んでくださいね」

 ヒラヒラと手を振って、先生の車を見送った。先生、やっぱり好きだなあ。緩む頬を抑えながら、家の中に入ろうとすると、後ろから「千景?」と名前を呼ばれた。その声に、ドキリとする。

「っ!」
「誰? 今の。こんな時間に何してたの? …その格好…学校のジャージじゃないわね。排球部? 何でそんなジャージ着てるの?」
「お、かあさ、」
「答えなさい千景。あんたまさか、部活に入ってるの? …っ、あれだけ集団に属するなって言ったでしょ!?」
「でっ、でもおかあさ、」
「話は中で聞くわ。入りなさい」

 高揚した気分が、一気に地まで突き落とされた。


 ▽


「…それで、どういうこと? 千景」

「…っ、」

 目の前で対峙しているのはお母さん。母、レベル99。RPGで言えば、魔王と退治している気分だ。及川さんより恐い。…あ、でも及川さんは大王か。じゃあお母さんは大魔王? …ダサい。…なんて、頭の中で現実逃避をしてみたところで、目の前の状況は変わるわけじゃない。そういえばお母さんと真正面で向き合ったのっていつぶりだったっけ。

「お、お母さん、今日は帰り遅かったんだね」
「話を逸らさないで」
「っ、…せ、先生に、バレー部のマネージャーをやってみないか、って……言われて、その」
「バレー部? マネージャー? 何で断らないの。あんたを認識できるような人なんていないでしょ」
「いっ、いるよ! 顧問の先生が、いつも見つけてくれる! だ、から、今回は大丈夫、なんだよ、」
「見つけてくれる…?」

 お母さんは眉を寄せて疑いの目を私に向けた。ホントだよ、そう言って笑うと、お母さんはギリ、と歯を食いしばり、「それでもだめよ」と首を横に振った。

「っ、何で!? 迷惑かけてないよ!! 皆優しいし!! だからっ、」
「だめって言ってるでしょ!?」
「…っ、お母さんはっ、先生みたいに私を見つけてくれないじゃん!!!!」
「っ…!」

 そう、言ってしまってから、お母さんの傷ついた顔を見てしまったと思った。今にも泣いて、崩れてしまいそうだった。お母さん、ごめんなさい。違うんだよ。
お父さんはいない。だからお母さんには、私しかいないのに。お父さんは、私のせいで出て行ってしまったから。

「…ごめん、お母さん。辞めるから。ちゃんと、バレー部辞めるから…」
「…っ、千景…」
「でも、お願いだから、夏の、IHまでは……部活にいさせてください…」

 そう頼み込むと、お母さんは了承してくれた。ホッと安堵する。ズキズキモヤモヤ、スッキリしない胸の内は、気づかないふりをした。


 ▽


『こんな幽霊みたいな奴を産みやがって!!』

そう言われて、お父さんが出て行った日のことを、今でも鮮明に覚えている。お母さんは泣いていた。それでも私を責めることはなかった。でもそれからお母さんは過剰に、私が集団に入って迷惑を掛けることを恐れた。私が集団に入ると、迷惑をかけてしまう。そう強く思い込んでいるお母さんは、私が集団に属することを許してはくれなかった。クラスなんかは仕方ないけど、部活とか、何かのクラブチームとか。バイトすら、許してもらえなかった。

「…IH、かぁ」

 期限、早くしすぎたかな。内心で後悔して、自嘲気味に笑った。目を閉じると、先程の先生の笑顔。何故だか涙が零れた。

「…辞めたくないよ」

 ぽろり、と本音がこぼれた。

SANDGLASS